僕からの溺愛特等席
「今日は何になさいますか」
「うーん。どうしよう」
私はメニュー表を片手に悩んだ。
見かねたマスターがカウンター越しに視線を投げかける。
「昨日から出してるウィンナー・コーヒーがおすすめですよ」
「あ、じゃあそれにしようかな」
「かしこまりました」
マスターは小さく微笑んで、奥へ引っ込んだ。
私は「マスター」なんて白々しく呼んでいるが、
彼は、私より二つ年下の大学時代の後輩で、
名前は──当麻 糸くん。
線の細いシルエットに腰に巻かれた黒いエプロンを身にまとい、しゃんと伸ばされた背筋が硬派な印象を受ける。
整った顔のパーツが、上品な色気を放っている。
大学の頃、決して私から糸くんには近づくことはなかったけれど、ファンクラブがあるという噂まであった。
それくらい、美青年だということだけ言っておく。
私より年下のはずなのに、立ち居振る舞いが、とても大人びているのだ。
見た目はそんな感じだけど、お客さんが去った後は、どこか子どもっぽくなる。
言い方は良くないが、裏と表を使い分けるというか……。
素を見せてくれる彼に愛おしさのようなものが、私の枯れた母性をくすぐられてしまう。
そんな彼と初めて会ったのは、大学のミステリー研究会だった。
そんなサークルも名ばかりで、ミステリー好きが長期休みに入ると聖地巡りをしたり
はたまた読書会なるものをするだけの活動だ。