僕からの溺愛特等席
てをとって、お姫様


 ある日の土曜日、スマホがなった。見ると糸くんからだった。


なんだろう、彼から電話なんて珍しい、明日は雪が降るんじゃなかろうかと思いながら応答ボタンを押す。



「野間さん、お久しぶりです」


「どうしたの? なんだか新鮮だね糸くんから電話なんて」


「悠長にしてられないですから」


糸くんは困ったような、私を伺うような声色で言った。


「これから、何度もかけてるうちにだんだんと新鮮さは失われていくんじゃないですか?」


そりゃあ、2回3回と繰り返せば、次第に新鮮さは失われて行くだろうけど。


「あ、それで野間さん。明日って仕事お休みですか?」


 糸くんは唐突に切り出した。


「ええ、まあ。そうだよ」

「なら……僕とデートしてくれませんか?」

「あ、うん。いいよ」と言ってから私は理解した。



でーと、デート……!? 


その言葉に疎くなっている自分に心底、泣きたくなった。

そんな言葉はいつぶりやら、遠い昔に聞いたことのあるような言葉の響きだった。



「デートって、あのデート?」


すごく変なことを聞いている気がする。
しかし、あまりにも自然な誘いだったので言葉の綾なのかと疑ってみたわけだ。


例えば、買い物に付き合うだけだとか。そういう付き添い的な意味なのかもしれないと。

ところが、電話口からはクスクスと聞こえる。

まるで私の戸惑いがまるっきり伝わってしまっていて、からかわれてるみたいな。そういう類の笑い方だ。


「そうですよ、あのデートです」

「えっと、私と糸くんが、だよね?」

「僕が誘ってるんですからそれ以外に有り得ませんよ」



「だよね……」へへっと笑う。



親しいといっても、あくまでも先輩後輩の関係である糸くんからデートに誘われるとなると。


背中の辺りが妙にムズムズするというか……良いんですか? という感じだ。


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