愛を孕む~御曹司の迸る激情~

「ううん。紗和ちゃんに言われてなかったら、きっとちゃんと話そうとも思えてなかったし。ずっとモヤモヤしてたと思う。だから、紗和ちゃんのおかげ。ありがとね。」

 私もコーヒーカップをゴミ箱に捨てると、彼女の肩をポンッと軽く触って微笑んだ。


 でも、それは全部、自分に言い聞かせるための呪文のようなものだった。不安に押しつぶされないように、余裕ぶって....。私は、想像が現実となってしまうのが怖かっただけ。それらしいことを言って、ただ臆病なだけだった。



 それから、広報室へと戻った私たち。しかし、なぜか室内は騒がしくなっていた。

「どうしたんでしょ。」

 立ち止まる私に、紗和ちゃんが不思議そうに言う。一瞬様子を伺いながらも、すぐにその理由を悟った。


 私たちに気づき、室内は一気に静かになる。

 たちまち視線が集まり、道ができるように私の前が空いた。そして、1人の男性がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


「詩音さん、久しぶりだね。」


 目の前で立ち止まった男性。慌てて頭を下げると、その野太く貫禄のある声が、余計に私の緊張を煽った。

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