死にたい僕と死ねない貴方

「あの……なんなんですか?」


貴方の隣に腰をおろした。
アスファルトの座り心地は
良くもなければ悪くもない。


『私ね、どうやっても死ねないの。』

「えっ、それって……どうしても死ぬ覚悟が出来ないってことですか?」

僕がこう答えたのは
きっと仲間が欲しかったから。
今さっきまで死のうとしていたのに
どこまでも細い勇気しか持てない
そんな惨めな自分の仲間が欲しかったんだ。


『うんん。普通の人がしたら死んじゃうことをしても私は死ねないってこと。』


でも貴方は僕の仲間ではなかった。


「それって…不老不死って…こと?」

『うん。そういうこと〜。』


なんて呑気に笑ってる貴方の笑顔は
なんだか切なくて、
映画みたいな話なのに
どうしてか嘘だとは思えない。


『…信じてくれるの?』

「えっ、あ、なんか、はい。」

『ふふ、ありがとう。初めてだよ、こんなにすんなり信じてもらえたの。』

「なんだか……嘘だとは……思えなくて。」

『そんなに綺麗な心を持ってるのに今から死のうとしてるんだね。』


ポンと貴方の口から出た言葉は
アスファルトにバウンドして
僕に鈍くなって聞こえてきた。


『私ね、大正が始まってすぐからこの日本を見てきてたんだ〜。』

「そんなに前から…生きてるんですね。」

『うん。まぁーね。服も言葉も音楽も娯楽も、その時代に合わせて変わっていった。なのに私は死ねなかった。18歳で成長も止まった。ピチピチのままずーっと生きてるのも楽じゃないって話なのよ〜。』


月が雲にかくれてしまいそうだ。


「そ、そんなに生きてて…」

『ん?』

「そんなに生きてて、辛くなかったんですか?」

『辛くなかったか…。んー辛くはなかったかな。というか途中から何も感じなくなったって言った方が正解かもしれない。なんか気持ちが空っぽになった感じ。』


貴方は月を見上げて話し始めた。
懐かしそうに、そして寂しそうに。


『私が愛した人は赤札を貰ってお国のために死んで行った。"僕は貴方とまた月を見たい。"そう言って帰ってこなかった。お国を守るために、家族を守るために死んでしまった。無口で不器用な人だった。でも、料理が下手くそな私が作るご飯を毎日残さず食べて、小さな約束も覚えていて守ってくれる、そんな人だった。でもどんなに時が立っても、どんなに地球が回っても、もうあの人と月を見ることは出来ない。大切な人は私より先に必ず死んでしまう。どんなに徳を積んだ人でも。どんなに人を救った人でも。何にも出来ない私だけが毎回取り残される。私の方が死んだらいいのに。でも、私は死ねない。』



『……ねぇ、君はどうして死にたいの?』


か細い月明かりに照らされたあなたは
とても綺麗だった。


「僕は…この世界にいる意味を見つけられなかったんです。学校に行ってもオモチャにされて、家に帰っても出来損ないだと冷たい視線をおくられて、助けを求めてももっと強くなりなさいと言われて。そんな時に自ら命を絶った女の子のニュースを見たんです。」


僕はあなたになんて言って欲しいんだろう。


「よく人は自殺をする人は弱いんだ。と言うけど、僕は…なんか違う気がして。人間が本能的に守ろうとしてるものを自分から捨てることってほんとに……気持ちが強くないと出来ないと思うんです…。足がすくんで動けなくなりそうなのに、恐怖で頭がいっぱいになりそうなのに、彼女は命を自ら絶った。だから彼女は人生を終わらせようとしたんじゃなくて人生をやり直そうと本気でしたんじゃないのかなって……。」



『だから……自分もやり直そうとしたんだ?』

「はい……。」

『私の愛した人はお国のために死んだ。そのニュースの女の子は自分のために死んだ。君は何のために死ぬの?』

「僕は……」

『まぁ、死ねない私が言えることじゃないか。』


貴方が勢いよく立ったから
僕の頬にまた生ぬるい風が触れて行った。


『月が綺麗ですね。』

「貴方と見ているからでしょうか。」

『どうでしょうかね。』


微笑んでいるのに
どうして貴方はそんなに
寂しそうな顔をしているのですか?


「ぼ、僕は、」



「僕は貴方とまた月が見たい。」

『私はいつも月を見てるよ。』



そう言って貴方は
屋上から消えていった。
雲に月が隠れるように。


か細い勇気しかない僕に
ワガママを言わせてください。




僕は貴方が見ている月になりたい。



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