策士な課長と秘めてる彼女 ~出産編・育児編~
「あらあら、あっという間にお産が進んだのね。ずっと電話に出られなくてごめんなさい。厄介なモンスターペイシェントからの電話が2件重なっていたものだから・・・」

高森先生はお産グッズ?をカバンから取り出しながら眉を八の字に下げて謝罪した。

「柊くんが日葵ちゃんの旦那様からの手紙を持ってきてくれなかったら墜落分娩になるところだったわね」

゛墜落分娩(墜落産ともいう)゛とは、医師や看護師、助産師が不在な状態で出産してしまうことをいうらしい。

一般的に初産婦は、陣痛発来から出産まで時間がかかることが多く、日葵のように一気にお産が進むことはまれだそうだ。

とはいえ、無受診のまま飛び込みでお産をしたり、妊娠の自覚がないままトイレなどで赤ちゃんを産み落とす妊婦がいることも現実、社会問題なのだと高森先生は教えてくれた。

゛出生場所がトイレとか・・・危なかった゛

そんな話を聞いて少し冷静になった日葵は、先ほど便意と間違えて力みそうになった自分を振り返りゾッとしていた。

とはいえ、この痛みは我慢できるものではない。

産み落とさなくて自分はラッキーだった・・・

家族がそばにいる時で、

陽生が帰ってきてくれて、

柊くんが走って先生を呼んできてくれて、

先生もお産に間に合って・・・。

陽生も勇気も柊も毬ちゃんも、

日葵にとってはみんなヒーローだ。

そんな一つ一つの奇跡に、日葵は自分も生まれてくる赤ちゃんも類まれなる強運の持ち主なのだと気力を盛り返し、残る力で己を奮い立たせた。

゛・・・まだ、安心はできない。゛

今の状況が安全なのか、順調なのか、何も保証されてはいない。

だが、自分を導いてくれる、心強い専門家が側にいてくれるのとそうでないのとは雲泥の差だ。

一瞬、陣痛が和らいできたと感じたのは気のせいだったのか、一気にお産が進みそうな気配に、日葵は横に座る陽生の腕をギュッとつかんで引き寄せた。

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