不本意ながら、極上社長に娶られることになりました
「いつもお世話になっております」
取引き先の方だろうか、そそくさと近づいてきたふくよかなスーツの男性は、低姿勢で千晶さんに挨拶をする。
「飯島さん、こちらこそいつもお世話になっております」
「社長、この度の桜舞庵との事業は、ぜひまた特集を組ませていただきたい」
「ええ、ぜひお願いしたいと思ってました」
目の前で始まったビジネストークを聞きながら、代表取締役としての千晶さんを改めて見直す。
数多くの取引先があるはずなのに、話しかけられてすぐに相手の名前が出てくることにまず驚いた。
無数にある人の顔と名前、取引内容などを記憶しているということは、誰にでもできることではない。
それに、相手に対してのこの姿勢。
社長という立場なのに、丁寧で相手を敬うこの対応は素敵すぎる。
人当たりのいい笑みも時折見られて、密かにときめいてしまった。
「社長、お連れの女性は……?」
いつの間にか話はひと段落し、相手の男性の視線が私へと向いている。
話題の中心にされ、途端に落ち着かない気分に襲われた。
「私の婚約者です」
隠すことなく即答した千晶さんの声に、バクっと鼓動が音を立てる。
紹介され、ハッとしてぺこりと頭を下げた。
「桜坂社長の、奥様になられる方ですか! わたくし、新栄出版の飯島と申します――」
私が千晶さんの婚約者だと知ると、すかさず名刺を取り出し丁寧な挨拶をしてくれる。
会話の内容が聞こえたのか、私へ挨拶をしようと周囲にいた人たちも徐々に集まってきていた。