不本意ながら、極上社長に娶られることになりました
「こちらへどうぞ」
大して目も合わせられないまま、女性を応接室へと案内する。
女性は黙ったまま奥のソファ席に腰を下ろすと、あとから向かいの席に腰を下ろそうとした私をじっと凝視した。
「あの……」
どちら様ですかと訊くのも失礼な気がして、言葉が出てこない。
すると、彼女は傍らに置いた高そうなブランドの革バッグから名刺を取り出し、テーブルの上ですっと押し出した。
桜庭玲子という名前の上、桜庭グループ『桜舞庵』という文字に釘付けになる。
桜舞庵って……今度、みかど堂が提携する老舗旅館……。
「先日はご挨拶ができなくてごめんなさい。わたくし、千晶の婚約者の桜庭と申します」
えっ……婚約、者……?
一体どういうことなのか。
彼女の平然とした顔を見つめながら頭の中は真っ白になっていく。
「あなた、千晶の許婚らしいわね」
「えっ……」
「まさか、許婚だからって本気で結婚する気じゃないとは思うけど、あんな大切な場に堂々と来ていたものだから、一度お話しておいたほうがいいかと思って」
淡々と、桜庭さんは落ち着いた口調で言葉を並べる。
そこに私に対する怒りや敵視をするような空気がないことに、逆に背筋がぞわりとした。