不本意ながら、極上社長に娶られることになりました


「これで満足できないなら、小切手を切ってもいいわ」

「え、あの――」

「いくらで千晶から離れてもらえる?」


 心臓が抉られてしまったかと思えるほど胸の辺りがズキズキと痛む。

 何か、何か言わないと。そう思うのに声が出てこない。

 その代わりに、出された茶封筒を桜庭さんの前に押し返した。


「こんなの、受け取れません」


 そう言うので精一杯。

 目を逸らさず、真っ直ぐ桜庭さんの目を見る。

 桜庭さんは私からの態度に何のダメージも受けず、ふふっと意味深に笑った。


「私と千晶はね、かれこれ十年以上の付き合いなの。若いあなたにはまだわからないかもしれないけど、誰も入り込めない深い仲なのよ」


 もう十分痛めつけられた心臓にとどめがさされる。

 桜庭さんは私が拒否した茶封筒を静かに手に取った。


「千晶のことを想うなら、あなたから去ることね。そうすれば、彼も後腐れなく許婚なんて放棄できる。どうすればいいのかくらい、あなたも大人ならわかるわよね?」


 千晶さんのことを想うなら、私から去る……。


「では、失礼するわ」


 何も言えないでいる私を置いて、桜庭さんはソファを立ち上がる。

 背後で応接室のドアが閉まると、膝の上で組み合わせていた手が細かく震えていることに気が付いた。

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