不本意ながら、極上社長に娶られることになりました


 朝食を終え食器を洗っていると、出かける準備が整った様子の千晶さんがリビングに顔を出す。

 今日はブラックのスリーピースが決まっていて、ついぽーっと見惚れてしまう。

 そんな時、呼び出しのインターフォンが鳴り響いた。

 応答しようと急いで手を拭きだした私に、千晶さんは「秘書だ」と言う。


「行ってくる」

「あ、はい!」


 玄関へと向かっていく千晶さんの背中を追いかけ、見送りに出ていく。

 靴を履いた千晶さんが振り返り、突然、私の腕を掴んだ。

 え?と思った時にはわずかな力で引き寄せられ、目前に端整な千晶さんの顔が迫った。


「っ……」


 え――えぇっ……!?


 一瞬のことで何がなんだか状況がわからなかった。

 ただ、離れた千晶さんが近距離でじっと私の顔を見つめている。


 今の……キ、キ……。


 事態を把握した途端、一気に顔に熱が集まり、反射のように両手で口元を押さえてしまう。

 あからさまな反応を見せた私を、千晶さんはわずかに口角を上げてじっと見つめ続けた。


「どうした」


 試すような視線に一層顔が熱くなる。


「あ、え、あの……」

「行ってらっしゃいのキスなんて、普通のことだろ」

「へっ……」


 いっ……行ってらっしゃいの、キス……!?


「あとで連絡する」


 掴まれた腕が解放され、ドアの向こうに広い背中が消えていく。

 何も声をかけられないまま、玄関のドアが静かに閉まるのを見ていた。

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