血の繋がらないお兄ちゃんは胸が苦しくなるほど懐かしい人
後編
俺は記憶喪失だった。記憶喪失にしといたが正解。
実は幼い頃からモヤが、頭にずっとかかり苛々する日々が続いていた。
一人の少女との出会いで長年のモヤが晴れた。
父の親友だという日本人の男性。
父が顎に手を置き「ほらっ、いつかあいつの娘さんとラルスが結婚とかしたら嬉しいじゃないか。だから日本語を学びなさい」と知りもしない、興味もない国の言語を習わされた。
地頭がいい俺は、なんなく取得し。今は6ヶ国語をマスターした。
見た目も誰よりも優れていたから、私生活には満足している。しかし頭のモヤは晴れないが…。
長期休暇を利用し、父と母と俺で日本に遊びに行った。そして俺は、俺だけの『宝物』に再会した。
綺麗に晴れたモヤの後には、最後に交わった彼女の《女》の顔が脳内をリプレイされていく。
散々焦らされた割には、彼女はすぐに俺の身体に落ちた。想像以上に素晴らしい彼女の柔らかい身体と、見た事もない甘い色気が立ちのぼる女の顔は、忘れもしない。
前の人生で俺のたった一度の交わりだったからだ。
「まさか、ラルス君、日本語を話せるのか?」
「もちろんだよ、学ばせた」
父達の声は遠い場所にある。
記憶にある彼女を触りたい。抱きしめたい。彼女は俺だけの宝物だ。触れるにはと必死に考えていると、小さな俺の宝物は自ら手を差し出してきた。
「わたしは、えり。お兄ちゃんは?」
小さな手を握って、出来るだけカッコよく見えるように好かれるようにと頭に叩きこみ自己紹介をする。
「俺はラルスっていうんだ。よろしくね」
「うん、よろしく綺麗なお兄ちゃん」
記憶そのままの姿だ。
真っ黒なさらさらの髪に大きな瞳。小さな鼻と小さな唇。丸みのある顔はまだ幼い。この顔が大人になると、もう少しシュッとして愛らしい中にも女の魅力が入る顔になるのを俺は知っている。
会っただけで沸騰しそうになり、案の定、身体は反応した。
こちらもまだ子供、成長途中だからそこまでは目立たなく良かった。当時のサイズなら色んな意味でアウトだった。
俺は熱をもった下半身を隠す為に、ポケットに手を入れて位置を変えた。
父にはバレた。呆れるとか怒るとかではなく、驚愕だ。
俺は親が呆れる程モテたが、全く人に興味がなく淡白な子だと思われていたから、握手しただけで興奮した身体に驚いたのだろう。
挨拶して、明日は一緒に遊ぶ予定。可愛い俺の宝物は、いつまでも手を振っていた。
ホテルに戻って父にトイレへ連れ込まれた。
「おい、おい、まだそれ治らないのか?処理の仕方とか分かるか?」
「分かる。後でする。ねぇ、父さん。絵里ちゃんと婚約したい。誰かに取られる前に婚約者になりたい」
「ま、まて、まて、どうした? 惚れたのか?」
「惚れた、可愛い、髪の色も目の色も、肌の色も、爪の形も、ちょっとお尻が大きめなのも、声も、首にある黒子も、何もかも可愛い、婚約者になりたい!父さん、お願い、悪い虫がつくまでに婚約者になりたい!!」
弾丸トークの俺にドン引きの父に、肯定をもらうまで諦めない。
「ラルス、いきなり婚約者は…お友達はダメかな?」
「無理だよ。彼女は強く出たら、仕方ないって聞くタイプなんだよ。昔からそうなんだ。押したら押しまくったら、はいっていう事を聞くんだよ!! お願い父さん、婚約したい!!!」
俺の願いを笑はしないが、イエスとも言わなかった。
「一応、話すけど。ラルスは15歳でも、絵里ちゃんはまだ6歳だ。分からないよ流石に」
悔しくて唇を噛んで唸った。理解ある父は留学を提案してくれた。
学校も絵里の家がある近くに、全て順調に進んでいく途中に、両親が交通事故で他界した。
親族は俺を取り合った。頭脳と見目と将来性にかけて。だから俺は記憶喪失のフリをして、親戚から疎まれている旨と、おじさんの事、おばさんの事、絵里の事はわずかに覚えいるといって、引き取ってもらった。
そして素晴らしい絵里との生活が始まった。
前世の二の舞にはならない。盲目的に彼女を愛した結果、それは彼女の負担になっていた。手紙にはそう記されていた。
***
最高の夜を過ごして、身も心も一つになったと浮き足立っていた私は、夕方ごろに魔術師長に呼び出された。
彼女の気持ちだという手紙を私に渡した。
彼女から手紙をもらうのは初めてだ。こんな初めてを私は望んでいない。
手紙の中身は酷いものだった。
『こちらを読んで頂いている時は、私はもう《木》となっております。
このような選択をし、申し訳ございません。自惚れかもしれませんが、私がおれば王子様は、隣国の姫様と結婚するかあやしいので、私は私を隠します。
王子様のお心を長きにわたり私に縛りつけたのは、きっと魔力のせいです。全て私が悪いのです。
潔く死ぬつもりでしたが、どうせなら益になりたく存じます。そこで《木》になる事を選びました。成長する木ではなく与える木です。少しづつ養分を大地に与えて最後は消える所存でございます。
王子様、私との約束は守ってくださいませ。必ずお姫様と幸せになってください。
いつも近くで、見守っております。
幸せなひと時をありがとうございます。
サミュエル様、愛しております。
貴方のエマより』
何が魔力だ?何が幸せになれだ?
一度も呼ばれる事がなかった名を、初めて手紙で呼んでもらった。
俺の名前は知らないのではないかと、本気で思うほど、彼女は俺を王子様と呼ぶ。
許さない。許す訳はない。
俺の宝物を認めなかった貴族共の未来を、俺が何故見なければならない。
冗談もほどほどにしろ。俺は気が触れた男を演じ次期国王の位を蹴った。もちろん隣国の姫との縁談は無しだ。
俺は日がな一日、木(エマ)に寄り添って過ごした。
「お兄様、申し訳ございません。これを」
「あぁ、これは違うな。他の書類は?」
「申し訳ございません」
「いいよ、俺の代わりを無理に頼んだ。貴族共を恨みはするが、別にお前は恨んでない」
弟の手助けのみを内緒でし、俺は表舞台から消えてやった。優秀な跡継ぎを失った痛手は大きく、それでもエマを奪った奴らを俺は許さなかった。
死ぬまで独身を貫き、死んだ。息を引き取った場所は、もちろん彼女の側だ。
俺の背丈より低くなったエマの木にもたれかかって死んだ。
(次は失敗をしない。たくさんいる女の中から、エマを選んだと思わせる。
そして最後はエマと結婚する。エマと家族をつくる。絶対に)
***
俺は何度もあの手紙を読んで、己に言い聞かせた。
読み過ぎて一言一句そらで言える。
店を出て、ちょっと焦る。言い過ぎたか?
長く一緒に暮らしたが、絵里はまんまエマだった。志向や性格、なんだったら男の好みも一緒。
絵里が大好きだというアニメを貸してもらい研究した。好きだというキャラグッズをみれば、俺に似ている。
俺をアニメ化したらこれだろうと言えるほど似ている。見目は変わらず俺が好き。
そして好きでも一切アプローチをしないところも、前世と一緒。そこは違って欲しかった。
兄だと言っても、血は繋がってないし、何なら日本人ではないない俺はきっと誰よりも血が遠い。
普通好きなら多少アプローチはするものだ。風呂場どっきりとか、つまづいてみるとか、色気で落としてみるとか。カケラもない。
このままだと前世と一緒だ。
俺は絵里に見てもらう為だけに、嫌々ながら彼女を作り、身体の関係も多少は結んだ。
等しくその後、嘔吐して下半身を赤くなるまで洗うという試練つきで。
遊んでいる男を演じて、絵里に彼女達を紹介した。彼女の顔は動揺と、そして安心。ほっとしたその顔を見て、苛立ちが起きる。
一途に思って何が悪い!!そう叫びたくなるが、エマが俺を最後まで拒んだ理由がそれだ。
色んな女と浮名を流し、遊んでいたらきっともっと早くエマとも身体の関係を結んでいたはず。
ガキだった俺はどうしても、それが出来なかった。重度の潔癖症なのだろう。今現在も変わらずだ。
「明日は午後出社だし、今日は実家に帰るか」
後は落とすのみだ。絵里の趣味志向はもう手に入れた。いくらでも付き合ってやるつもりだ。
ひとまずはアニメショップに行って、絵里の好きなキャラのコスプレ衣装を買おうかと計画を立てる。
髪の色や肌の色、体格までバッチリ一緒だから、まさに素で勝負ができる。
アニメショップに入れば、ガン見される。今放映されているアニメなら仕方ない。
確かにラルスは浮きまくっている。長身の美貌でオタク要素無しのラルスはまるで異空間から出てきた異世界人。
コスプレ衣装を手にしレジに並ぶと、俺を見て口が開いている店員を無視しながら会計を済ませる。
そのアニメキャラと俺は、彫りの深い顔立ち、洗練された見目も、軍服が似合う長身で色男も、寝た女を覚えてないほどの女好き(そう振る舞ってきたからあくまで絵里の中でのラルス像)相違ないが、性格は天と地ほどに違う。
「俺はあんな毒舌家じゃないし、傲慢でもない」
等身大のポスターを睨みながら、ため息をついた。
電車を乗り継ぎ実家に帰る。家には一報を入れていたから、おじさんもおばさんも嬉しそうだ。
「ただいま帰りました」
「おぉーラルスくん、おかえり」
「ラルスくん、おかえりなさい」
人のいい方々だ。流石絵里の両親だ。エマの両親もいい人達だった《木》になった娘に、あの子らしいで終わった。
謝りに行った俺に、泣きながら礼を言われた。当時王位を蹴ったが、国を傾けてやろうとは思わなかった。エマを認めなかった貴族共には心底恨むが、国民は好きだ。だから、陰ながら手伝ったのだ。
「久しぶりの実家は落ち着きます」
「まぁ!! ね、そんな嬉しいわ」
おばさんは本気で嬉しそうで何よりだ。おじさんも親友の息子である俺を可愛がってくれる。
おばさんが台所に消えたくらいで、小さな声で俺にエールを送ってくれる。
「ラルスくん、別に子供は出来ちゃったら出来ちゃったで構わないからね。絵里は将来なりたい事もないみたいだし。やっぱり、ね。子供は可愛いだろうし」
と親とも思えないエールを俺にくれる。
「20歳になるまでは手を出しませんよ。約束ですから」
「いや、その約束はラルスくんが勝手にした約束だから別に守らなくてもいいよ」
「まだまだ先は長いので、絵里に愛してもらえるよう努力致します」
「努力…いるかな?」
不思議そうなおじさんの背中を押して、リビングに入る。努力はいる。むしろ好きだと思われていたのに、恋人になることもなく終わった過去がある。
好きな相手にはアプローチをするものだと、根本的に抜けている。
遠回しどころか直接的アプローチでも、性行為まで20年かかった。前世は王子と平民だったのも関係するが、今も全く同じだ。
ひと月ぶりに会ったのに、逃げた。知らない人のフリをした。
絵里はどれだけ好きでも、奪いとる選択をしない。100%身を引くのだ。裏をかえせば、掴んでいたら浮気もしないし俺だけを愛してくれる。
「ただいまぁー」
ラルスの大好きな声が、響き渡る。リビングの扉を開けて硬直する絵里に俺は、妖艶に微笑んだ。
これからは一切手加減はしない。絵里は俺の宝物だ。
「おかえり、絵里」
「ヒィィィィ」
不安と驚愕、そして喜び。最後の喜びの顔を見せた絵里にラルスは、感極まった風を装って抱きしめた。
驚きながらも、おずおずと背中に回された手が服を握っている。
やっとここまできた。
俺の宝物は俺だけのものだ。
***
あれから二ヶ月がたった。待ちに待った日だ。
「誕生日、おめでとう」
「あ、ありがとう、ございます」
絵里はガチガチに固まっている。初のお泊まりが俺の部屋なのだから当然で、何をされるか理解した上でここにいるのだから、この状況は想像できた。
「絵里、夕飯は買ってきたものだし。緊張して食べれそうにないだろう? だから最初にセックスしよう」
「はぁぁぁ?? いきなり!?」
「だってガチガチだし。食べてもいいけど、激しい運動したら、吐くんじゃないかな」
「激しい運動!?」
「俺じゃ嫌?」
寂しげに言えば、絵里はチョロい。昔から母性本能が強く絵里は押して押して押して引くと、とたんに落ちる。
「嫌じゃない、お兄ちゃんを嫌なんていう女いないでしょ」
「他の女は関係ないかな。絵里だけに愛されたらそれで俺は幸せなんだ」
「お、お兄ちゃん、やめてください。その顔で愛のささやきは胸にくる」
「わざとだよ。ベッドに行こうか」
手を引いて寝室に連れていく。まだドキドキしているのか、胸を押さえて悶えている。相変わらずこの顔が好きみたいだ。
「ちょっと待って、着替えてくるから」
「うん」
となり部屋に入りスーツを脱ぎ、例のコスプレ軍服を着用する。2パターンあるが、まずは王道からだ。もう一着のは一話のみのレア軍服になるから、喜びも倍だろう。
ラルスはコスプレ衣装を着用し、髪の分け目も同じにし、絵里の待つ寝室へ。
「お待たせ」
「うんっ、んんっ!? にぁっきゃぁぁぁぁぁーーー!!!!!」
独特な叫び声だ。紅潮する絵里の顔にラルスは大満足だ。涎が垂れている。こちらが喰いたいのだが、喰われそうだ。
「お兄ちゃん、大佐だ。お兄ちゃんが大佐の格好してるぅぅ、神だ。神だ。神が降臨した!!」
「絵里の誕生日だからね、これで写真とってから、セックスをしようね」
笑いかけるが、もうシャッターをきりまくっている。連写が終わらない。「腰回りと肩幅がヤバい」と絶叫しながら写真をとる。
腰回りと言われたらなら前もいいが後ろ姿も好きだろう。「広い背中、美尻、最高!!」とやはり叫んでいる。
ラルスはくるりと一周まわり、キャラの名台詞を臨場感たっぷりにいったら、絵里は失神した。
「おいっ絵里!!」
崩れ落ちた。絵里の顔はふにゃふにゃだ。
「まさか、失神…。喜びすぎだろう、全く。俺には一線を引くのに、何故これ(コスプレ衣装)だと積極的なんだ?」
ちょうどいい。ラルスはコスプレ衣装を脱いで、全裸になり。絵里も衣服を脱がせ全裸にする。
待てが出来ないラルスは、絵里が起きるのを真っ裸で待つ。
「大佐!」
起き抜けでそれは嫌だ。ラルスは鼻を摘んで、絵里を黙らす。
「絵里、この状況下で間違えるな、萎える」
「お、お兄ちゃん!? 裸だし、そんな綺麗な身体をみせないでよ」
いちいち言動が可愛い。自分が裸なのに頓着しないのか? 拒否がないならそれでいい。
唇をゆっくりと合わせたのがスタートになる。
「…絵、里…」
「ね、ね、もう入れてよ、お兄ちゃんは色々、長い気がする。早く、一つになりたい。このままじゃ今までと変わらないよ」
確かに。最後の一線までの色々は経験済みだ。流石に身体に準じた標準より大きく育ったモノは、未開発に突っ込むのを躊躇う。
なので今日の日の為に、練習をしまくった。
「入れて、いいか?」
「もちろん」
身体が重なりあって、ラルスの重みを肌で感じると、懐かしい気持ちが湧き上がる。
「お兄ちゃん、私ね。もちろんこういう行為は初めてなんだけど。なんだか、懐かしいんだ。
お兄ちゃんを見ても懐かしいし、変な感覚でしょ?不思議だなぁって思うんだ」
馴染むまでは動く気はないから、話すのがいいが。
鼻の奥が痛い、ヤバい泣きそうだ。
「…お兄ちゃん?」
「懐かしいか? 俺は恋焦がれて焼き切れそうだった。…気の遠くなる、ずっと前から、俺は絵里を愛していた。交換条件だった約束も破って、死ぬまで結婚しなかったしな」
絵里にはラルスの話はところどころ分からない。でも何かあったんだ。遠い昔に。
覆いかぶさったラルスの大きな身体を抱きしめたなら、肩より少し長めのアッシュグレーの柔らかな髪が肌を撫でる。
全てが酷く懐かしい。
そして絵里も口が勝手に動く。何故か自然に口が動く。
「諦めた訳でも、譲った訳でもない。私は幸せだった。
残りの全ての人生をかけてもお釣りがくるほど、それだけの価値が〝あの行為〟にはあったから…。凄く凄く、生きていた中で一番、幸せだったの」
ラルスの涙は止まらない。
悲しみの中で、彼女が《木》となったとは思ってない。手紙にも愛しております。と書いてあった。
それでも、行為を望んだ俺が元凶で彼女の人生を奪ったと思っていた。
サミュエルにとってエマとした〝あの行為〟は特別なもの。
でも頼み込まれて了承した彼女には仕方ない〝行為〟だったのかもしれないとずっと思っていた。
「私もだ、私も幸せだった…」
兄のいつもと違う一人称。やはりそれも絵里は、懐かしいと思った。
酷く優しい触れ合いは、物足りなくもあるが、兄が幸せそうだから、黙っていた。