前世が猫の公爵は令嬢に撫でられたい
夜会にやって来ていたルーカスは、バルコニーへと滑り出た。誰かが追いかけてくるかと思ったが、どうやらルーカスを取り囲んでいた令嬢たちは牽制しあっているだけで追いかけてくる様子はない。

長いため息が漏れる。ルーカス自身わかっている。この状況は、未だに自分が独身であることが原因だ。若くして公爵の地位を継いだルーカスには数えきれないほどの縁談が舞い込んでくる。

ルーカスは両親にとって遅くにできた待望の跡取りで、歳の離れた2人の姉と両親の5人家族は仲が良い。ルーカスが20代半ばで公爵になったのだって、父がさっさと当主も宰相も引退して母と田舎でゆっくりと過ごしたかったからである。

そんなルーカスだから、結婚するなら愛する女性と結婚したい。燃えるような情熱はなくとも、お互いを尊敬できる人が良い。そんなふうに思っていた。

しかし、現実は甘くない。ルーカス自身ではなく公爵夫人の地位を狙う令嬢やその家族から強烈なアプローチに辟易していた。

そもそも、ルーカスは押されれば押されるほど冷めてしまうタイプの人間だ。いわゆる“猫なで声”で話しかけられ体を摺り寄せられるとげんなりする。

それに、“猫なで声”だと言うが、それはどうかと思う。“猫なで声”は自分に好意のある人間に対して有効なのである。その声の由来である猫はそこんとこわかっている。相手がその気もないのにそれに気づきもせず、すり寄ったりはしない。

「もう帰りたい。」

思わず本音がこぼれた。

本当に帰ってしまおうか、そんなことを思っていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえた。どこか不安そうな鳴き声である。

「これは迷子だな。」

バルコニーから見える庭園に迷い込んだのだろう。しきりに鳴く声ににつられてルーカスはバルコニーから飛び降りた。
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