前世が猫の公爵は令嬢に撫でられたい
グレースはクッションを放り投げて、今度は手で直接拳を夫にむかって振り下ろした。

「いけない!!」


夫はそう叫ぶと、グレースの腕をつかんでそれを止めた。
夫婦生活20年で、初めて夫に怒鳴られたグレースは、夫に嫌われてしまったのだと思った。

ボロボロ泣き始めたグレースを見て、夫は慌てて身を起こした。


「君のような細い腕で、俺のことを殴ると怪我をしてしまうぞ。」


夫はグレースの腕を心配して怒鳴ったようだが、グレースにはそれだけだとは思えなかった。


「子供を愛しているのはあなた様のほうです!!

 あなた様は私などいなくても、子供達がいればよいのでしょ?」


「いや、そんなことは思っていない・・・」


「でも、私に王都に行けと言ったではありませんか!!」

「それは、オリビアもいることだしな・・・」

「ほら!!あなた様はオリビアが一番大切なのです!!私より!!

でも、あなた様のことを王子様だといったオリビアは結局はルーカス殿のような方に嫁いだではありませんか!!

結局、オリビアの王子様はあなたではないのです!!」


それを聞いた夫は明らかに傷ついた顔をした。そして、それを見たグレースもまた傷ついた。


「あなたは私の王子様なのに!!」


いい歳をした淑女に相応しい発言ではないことは自覚している。だが、どうしても言わずにはいれなかった。

娘が嫁いでから気落ちした夫。自分がいるにもかかわらず、気難しい顔しかしなくなった夫。挙句の果てには、王都で暮らしてはどうかと言われて、我慢が出来なくなってしまった。


沈黙が部屋に流れた。グレースは少し落ち着きを取り戻し、自分の行いが恥ずかしくなっていた。


しかし、言ったことに後悔はない。が、渾身の一言だったのに、夫は何も言ってくれない。



俯いていグレースがそっと顔をあげると、今までに見たこともないほど顔を真っ赤にした夫がいた。
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