オオカミ社長と蜜夜同居~獣な彼の激しい愛には逆らえない~
扉がパタンと音を立てて閉まるのを合図に、全身から力が抜けていく。
「……なんで? どうしてキスなんて?」
消え入りそうなほど小さな声で呟く。
ファーストキスだった。二十七歳にもなってはじめてのキスだ。
とっくに離れたはずの唇には記憶として感触が残っていて、美紅の心を大きく翻弄する。腰が砕けたように足にはまったく力が入らず、ペタンと座ったままドキドキと胸を高鳴らせるばかり。
諦めたはずの恋心の火種が、ごうごうと音を立てて燃えさかる。
ただ単に佐和子に黙っているための契約としてのキス。一慶の口ぶりではそうだが、どうしてそれがキスなのか。
美紅にはさっぱり意味がわからない。
でもたぶん、ヨーロッパで長く暮らしていた彼にとって、キスは挨拶程度の価値なのだろう。深い意味も気持ちもない。
そうでなかったら、美紅にキスをする説明がつかないから。
きっとそう。おはようの挨拶と同じなんだ。
そう結論を出し、美紅はようやく立ち上がった。一慶に作った夕食をあたためなおしてあげなければならない。