オオカミ社長と蜜夜同居~獣な彼の激しい愛には逆らえない~


扉がパタンと音を立てて閉まるのを合図に、全身から力が抜けていく。


「……なんで? どうしてキスなんて?」


消え入りそうなほど小さな声で呟く。

ファーストキスだった。二十七歳にもなってはじめてのキスだ。
とっくに離れたはずの唇には記憶として感触が残っていて、美紅の心を大きく翻弄する。腰が砕けたように足にはまったく力が入らず、ペタンと座ったままドキドキと胸を高鳴らせるばかり。
諦めたはずの恋心の火種が、ごうごうと音を立てて燃えさかる。

ただ単に佐和子に黙っているための契約としてのキス。一慶の口ぶりではそうだが、どうしてそれがキスなのか。
美紅にはさっぱり意味がわからない。

でもたぶん、ヨーロッパで長く暮らしていた彼にとって、キスは挨拶程度の価値なのだろう。深い意味も気持ちもない。
そうでなかったら、美紅にキスをする説明がつかないから。

きっとそう。おはようの挨拶と同じなんだ。

そう結論を出し、美紅はようやく立ち上がった。一慶に作った夕食をあたためなおしてあげなければならない。
< 51 / 154 >

この作品をシェア

pagetop