消えた卒業式とヒーローの叫び
「ほら、色んなことを見聞きしたり挑戦してみることは、絶対今後の作品にも繋がるしさ。妹の指揮姿も見れるし」
ほとんど諭すような形だった。初めは絶対に嫌だと思っていたものの、“今後の作品にも繋がる”という何とも断り難い文言を並べられると、どうしてもそちらに吸い寄せられてしまう。
空腹の動物に、餌をチラチラと見せびらかせているようだ。
「い、いいよ」
そう言うと、上原くんの肩から空気が抜け、少しだけ口の端を上げたように見えた。
いつもはあまり感情を表に出さない彼でも、睨みをきかせる時と安心した時の様子はわかりやすい。
「じゃあ妹の中学に連絡しておく。第二中だよな?」
「う、うん。ありがとう。上原くん、色々詳しいね」
思い返せば、彼は様々なことを知っていた。私の名前も、いつどこで知ったのだろう。私も通っていたが、日彩の中学をどうして知っているのだろう。
「え、いや、別に。この辺だと一中か二中か三中くらいしかないだろ」
あくまで平然を装っているつもりだろうが、無性に落ちてくる眼鏡が気になるらしく、何度も指で押し上げている。
何を隠しているのだろう。上原くんは一体何者なのだろうか。
「お待たせしましたぁ! いやぁ、先輩たちの分も途中で呼ばれて、遅くなってしまいました!」
楽しそうな声が響き、大きなトレーがカタンと置かれる。吉岡くんが私の分まで持ってくれており、軽く頭を下げて受け取った。
入れ替わりで上原くんの呼び出しベルも鳴り、取ってくると目で合図をして床を蹴った。
「仲良くなれた?」
突然、日彩がそんなことを耳打ちしてくる。周囲の雑音に負けないよう、手を添えたおかげで届いた。
仲良くなれたかと言われると微妙なところだが、制作のことについて話せたことは有益だったし、楽しかった気がする。
そもそも、ここまで誰かと話すことが久々なくらいだ。
私は一旦首を傾け、その後頷いた。日彩はその反応を見て嬉しそうに微笑む。
日彩なりに、私の友達事情を気にしてくれていたのかもしれない。
「じゃあ食べよ! 見てちが中のお肉ちょっとつやつやしてる! 美味しそう!」
大きくいくつかに分けられたチキンステーキを見て、いただきます、とナイフを立てる。
吉岡くんと大賀くんも、その姿を見て食べ始めた。
日彩のステーキ、吉岡くんのラーメン、大賀くんの海鮮丼、そして私のハンバーグ。
家族以外の人と食事をするなんて、滅多にない。
何だか胸がくすぐったく感じた。