消えた卒業式とヒーローの叫び
「皆、受験二日前の不安な時にも関わらず、こうして集まってくれて本当にありがとう!」
第一声はそれだった。日彩は笑顔だった。反対に、先生の方は顔が引き攣っている。
「どうして受験前にこんなことしないといけないんだって思ってるよね。正直私もそう思う!」
あはは、と声高らかに笑う日彩につられて、生徒たちも笑った。冷えきった空気を一瞬にして溶かす日彩は、皆の太陽に思えた。
「そんな大変な状況なのに、多少なりとも歌詞を覚えてる皆は本当に凄いよ! だから、もう少しだけ声に出して、早く終わらせよう! 皆なら絶対できるよ! 今は今しかないから、今できることを全力でやろう!」
マイクを通した高く優しい声が、体育館によく響いた。
日彩の言葉はまるで魔法だ。つい先程まで負の感情が渦巻いていたこの場所も、日彩が笑って伝えるだけで、その場が自然と明るくなる。
ふと、周囲の顔色を見た。皆無意識だろうが、若干唇の端が上がっている。
「じゃあ、歌おっか!」
先生の口を挟む隙を与えず、日彩は両手足を広げ、指揮棒を高く上げる。
操られたかのように、一斉に足を肩幅まで動かした。
ピアノに向けられた指揮棒が綺麗な四拍子を刻む。
静かで美しい音色が木霊した。卒業式に相応しい伴奏。
日彩が左手を上げ、それと同時に呼吸音が空気を攫う。
外から聴こえた歌声よりも大きく、そして優しかった。全員が一体となってひとつのものを作り上げる姿は、この三年間の集大成とも言えよう。
声が壁にぶつかり、反響した。ひとつの大きな玉になっているようだった。
私だって経験している。合唱なんて今まで何度も繰り返してきた。一種のこなさなければならない課題のようなものだった。
それなのに、いざ聴く立場に立つと、どうしてこんなにも心が震えるのだろう。ただの歌なのに、どうして一つになったように感じるのだろう。