消えた卒業式とヒーローの叫び
「返して! 返してよ松木!」
松木は何かと私にちょっかいを出てきた。周りは「またか」といった表情で私たちを眺める。
「もう松木! 永遠ちゃんに返してあげなよ! 人のもの奪うとかサイテーだよ!」
気の強い女子たちが、いつも味方してくれていた。それは小学生によく見られる、女子と男子の対立からくる味方のようなものだったのだと思う。
いつもなら、周りの女子に口を挟まれると松木は「はいはい」とあしらうようにやめてくれたが、その時はやめようとしなかった。
そのまま松木は廊下に出て、男子トイレに駆け込む。
「なになにー? “ひいろへ、早く元気になってね”って? 何これ、妹にあげんの? こんなの貰っても嬉しくねーだろ、あはは!」
私が絵と共に書いたメッセージを馬鹿にするように読み上げた。男子トイレに入ることもできない私は、トイレの前でひたすらに返してと叫ぶ。
それを煽るかのように、松木は入口に近づいて、私の手の届くか届かないかギリギリのところでひらひらと紙を見せつけてきた。
「取れるものなら取ってみろよ〜!」
一歩でもその空間に足を踏み入れようなら、一体教室で何と言われよう。『こいつ、男子トイレに入ってきた変態なんだぜ』とでも言われ、あらぬ噂を立てられるに違いない。
そんなことをされるわけにはいかなかった私は、何度も必死に手を伸ばした。
そして、届いたのだ。
「うわ、往生際の悪い女!」
「お願い、妹にあげるの、返してぇ!」
互いにそれを引っ張り合った。これだけは譲れなかった。だって全く同じ絵は、二度と描くことができないのだからーー。