消えた卒業式とヒーローの叫び


 体が後ろに倒れそうになって、必死に足に力を入れた。運動靴と地面が擦れる音さえも爆音で、思わず肩が跳ね上がる。

 このままでは壊れてしまう。

 どこかでそう悟ったのか、悟る前に逃げ出したかっただけなのか、気がついた時には黒い世界に視線を落とし、走り出していた。

 何も見えない、何も聞こえない。

 いや、何も見聞きしたくなかったんだ。
 私の名を呼ぶ声さえも耳に入れないよう、全速力で地面を蹴った。

 地面を叩く音と荒れた呼吸で、全部忘れてしまいたかった。

 そうだ。私は弱い。

 いつまでも忘れられない。いつまでも過去のしがらみから解放されない。

 ふと、壇上でマイクを持つ日彩が目に浮かんだ。

 先生という、立場が上の人に対しても恐れず、自分の意を伝えられる強さ。

 それを兼ね備えた日彩なら、こんな時どうしただろうか。

 めげずに一人の人間に向き合い、過去のことは過去の事として終わらせ、今を大切に進んでいくのだろうか。

 駄目だ。私にはできない。
 私はそんなにも強くない。

 どうしたって、あの日のことを思い出してしまうのだ。

 羨ましい。

 日彩が羨ましい。

 強い日彩も、明るい日彩も、元気な日彩も、賢い日彩も、優しい日彩も、沢山の人に囲まれている日彩も。

 私に無いものばかり持っていて、幸せそうな日彩が羨ましくて……恨めしくて仕方がない。

 息が上がる中、唾を飲み込んだ。瞬間、酸素を補うことができない肺が悲鳴をあげ、ぐっと胸を掴む。

 咳をした。何度も何度も吐き出し、そして吸い込む。冷たい空気が鼻腔を出入りして、じんと赤くなる感覚があった。


 それでも私の足は止まらなかった。恐ろしい自分という影から逃げるように、無我夢中で地面を蹴る。砂利が靴の裏にひっついて跳ね上がった。


 こんな自分から変わりたい。

 今日流した何度目かの雨が、また違う感情とともに落ちていった。


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