消えた卒業式とヒーローの叫び
「ただいまー!」
階段の手すりをぎゅっと握った時、相変わらず元気な声が玄関から響いてきた。
そう、学校が終わって疲れているはずなのに、本当に相変わらず明るくて、相変わらず幸せそうで……相変わらず羨ましいんだ。
「おかえりなさい日彩。もうすぐご飯できるから、手洗いうがいしておきなさいよ」
母が背後でそれだけを言い残し、さっさと台所へ戻っていく。はーい、とこれまた陽気な声を弾ませ、鞄に付けた学業御守の鈴がちりんちりんと近付いてきた。
「わ、びっくりした。どうしたのお姉ちゃん? そんなところで立ち止まって」
階段手前は死角になっていて存在を確認できなかったのか、私を見つけるや否や、大きな目がわざとらしく更に開く。
そんな表情も可愛らしい。
いいな。どうして同じ血が流れているのに、こんなにも違うのだろう。
「……日彩は幸せそうでいいよね」
黒いモヤの掛かった言葉が、口という煙突から溢れ出した。
そこでハッと我に返る。何でもない、とでも言ってそそくさと部屋に戻ればよかったんだ。
でもそれより早くに、彼女の言葉が返ってきてしまった。
「お姉ちゃんも、何事ももっと前向きに捉えたら幸せになれるよ!」
日彩は屈託のない笑みを浮かべて、私にそう言ったのだ。
私の汚い感情を纏った言葉を、皮肉とすら捉えず、どうすれば私が幸せに感じられるかを提案してしまう。
その心の清らかさと、自分の醜さを無意識に比べてしまって、私はこのぶつけようのない感情を、どうしても内に留めておくことができなかった。