消えた卒業式とヒーローの叫び
*
二十分ほど経って、再び音が鳴った。画面にはしっかりと“上原くん”の文字が刻まれている。
「も、もしもし」
「あっ、永遠? 今、家の、前に、着いたんだけど……」
上原くんは明らかに息を切らしていた。文章を途切れ途切れに細かく呟き、酸素を補っていることがわかる。本当に飛んできてくれたんだ。
「って、今更だけど、迷惑だったよな。ごめん、俺、永遠が泣いてると思ったら、体が勝手に……」
「ううん、そんなことないよ」
私は玄関の扉を開けた。もうすっかり日は沈み切っており、開けた瞬間から冷凍庫のような空気が顔に刺さる。コートを羽織っていなければ、凍死してしまいそうなほどだ。
上原くんは、インターホンの前で自転車のハンドルを片手で握り、耳にスマホを当てた状態で立っていた。
玄関前の電灯に照らされ、口元まで覆われたネックウォーマーの隙間から、煙突のように白い息が上がっている様がよく見える。
「と、永遠……」
耳元と実際の声がほぼ同時に聞こえたあと、電話は切られた。上原くんは自転車を停め、私のもとへ駆け寄る。
急いで来たことがよくわかるほど、髪は乱れ、上着のチャックも開けっ放しだった。
「……大丈夫か?」
気を遣ってくれたのか、二段ほどある玄関の階段を挟んで一定の距離を保ったまま一言そう問う。息をする度に白くなる眼鏡のレンズ越しに見つめられるも、私は俯いてしまった。
「言いたくなかったら言わなくていい。帰ってほしいなら帰る。でも、少しでも話したいと思うなら、俺はいくらでも聞く気でいるから。もちろん、一人の同級生として」
凍てつく空気を介して、言葉の温かみが私を包み込んだ。過去に虐められた相手に相談するなんておかしいことは分かっている。
相談するという行為が、果たして正しいか間違っているかと言われると、きっと正しくはないのだと思う。
それでも、最早私が頼れる相手は、目の前にいる彼のみだったのだ。