消えた卒業式とヒーローの叫び

 私は涙ながらに、この二日間の出来事を話した。そして夢のことも。

 日彩が羨ましくて、嫉妬して当たってしまったこと。二日間話さないまま、仲直りもできていないこと。

 今朝受験に行く前に訴えた不調のこと。そして先程あった症状や、救急車で運ばれ、今は意識が戻ったこと。夢の内容が現実に影響しているのだとしたら、怖くてたまらないことなど。


 私たちはいつの間にか、二人並んで階段に腰かけていた。グレーのセラミックタイルの隙間には細かい砂粒が身を寄せ合うように詰まっている。

 冷えた接触部分に熱が奪われ、冬に溶けていった。それでも上原くんは文句一つ言わず、ただただ静かに頷いていてくれる。そして全てを話し終わると、ようやく口を開いた。


「辛かったな。話してくれてありがとう。俺が中学の取材に誘ったばかりに、そんなことになってしまってごめん」

 私たちは、同じ地面を眺めていた。決して互いを見ることなく、雨風にやられた地に向かって語り掛けるように。

 ふと、膝前で組んだ彼の手が見えた。その指先は真っ赤に染まっていて、爪の血色も悪い。そんな手を擦って温めようともせず、上原くんは続けた。


「無責任なこと言っちゃいけないってわかってるけど、妹はきっと大丈夫。心配するなとは言わない。これでもかってくらい心配して、それで妹が無事治って帰ってきたら、あぁ良かったって泣いて喜べばいい」


 視界の端が音を立てて動いた。赤い右手が冷たいタイルに触れ、膝が少しこちらを向いている。そのままゆっくりと視線を上げると、相変わらずの表情で私の瞳を貫いていた。

 どちらからともなく透明だった空気に白い色を付け、二人の間に壁を作る。また彼の視界を遮るように、レンズが曇った。


「それでも辛くてどうしようもなく不安になったら、俺が支えるから。俺以外にも、吉岡だって大賀だっている。いくらでも頼っていいから。一人じゃないから。だから大丈夫だ」


 上原くんは目を逸らさなかった。大丈夫だなんて、何も知らないくせに言うのは無責任だと思っていたけれど、今の私には、その『大丈夫』が支えであり、救いの手のように思えた。

 不安で仕方のなかった私に、根拠もなく大丈夫だと言ってくれる存在がいることが、こんなにも安心できるものだとは知らなかった。


「うん……。ありがとう。ちょっと落ち着いた」


 その言葉を聞いてか、上原くんは安心したようにほっと肩の力を抜いていた。

 ぎゅっと、また膝を抱える腕に力を込める。よくこんな寒い中、夜遅くにも関わらず来てくれたものだ。本当に昔の上原くんとは別人のよう。


< 58 / 75 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop