消えた卒業式とヒーローの叫び
私は覗き込むような姿勢で部屋を見回すと、右側のベッドは空っぽで、左側には半分ほどカーテンがかかっており、入り口からは見えない構造になっていた。
私はそろりと中に侵入し、本当にそこにいるのが日彩なのか確かめるべく、勇気を出してカーテンの向こう側に顔を覗かせる。足音はほとんど立てていなかった。
そしてゆっくりと人型の像が、白いカーテンの奥から現れる。そこには少し背中が持ち上げられたベッドで、だらりと体を預け、窓の外を見つめる日彩がいた。
「ひ、日彩……?」
私が声をかけると、目だけが瞬きと共にこちらに動く。その瞳はいつもの元気いっぱいの日彩ではなかった。
キラキラと輝いて、陽の光をこれでもかというほど吸い込んでいた瞳孔は、まるで生きる希望すら失ってしまったかのような影だけが落ちて見える。
瞳だけではない。全身からそう映し出しているのだ。
布団を被っていてほとんど目に入ることがないはずなのに、元々の細い体付きに加え、更に力のない貧相な棒のように思える。
まるで綿菓子を食された後の割り箸だ。隠されているからこそ、そうして私の中に思い浮かぶのだろう。
「あぁ、お姉ちゃん……」
ふふ、と微笑んだ彼女は無理をして笑っているようにしか思えない。自分が辛い時にまで笑おうとする日彩が少し怖いくらいだった。
「大丈夫? 検査の結果はどうだったの?」
私は横に置いてある、背もたれのない丸い椅子に腰を下ろし、肩から鞄をどさりと床に付ける。
私は喧嘩のことを差し置いて、現状の話に持っていった。確かに謝りたい気持ちはあったが、姉妹喧嘩で毎回仲直りをするという家庭の方が少ないのではないかと思う。
大抵の場合、次の日の朝にはお互いケロッとした表情を交わすものだ。少なくとも、これまで私の家庭はそうだった。日彩の明るい性格のおかげで、喧嘩なんて小さい頃以来だけれど。
日彩はより一層笑おうとしているのがわかった。笑おうとしている、いや、笑っているのに笑っていない。目が死んでいるとはこういうことかと、初めて目の当たりにした瞬間だった。
「ギラン・バレー症候群だって」
体の一切を動かすことなく、日彩はそう呟いた。聞きなれない病名に、私は上手く反応することができない。
それは死に至る病気なのか、どういった症状が出るのかなど、私は何も知らなかったのだ。
「ギラン、バレー? それってどういう病気なの? ちゃんと治るの?」
日彩の表情は相変わらずで、全体的に生気がない。
ただ安心させようとしているのか、無意識なのか、口元だけ不自然に上がったまま話し続けている彼女は、見ていていたたまれなかった。
「私もさっき調べてもらったことを聞いただけだから、詳しくはまだわかっていないけど、とりあえず致死率は二、三パーセントだから大丈夫だよ。大丈夫、うん、死ぬことはないから。死ななければどうにでもなるからね」
私に話しかけていることはわかっていたのに、日彩はまるで自分に言い聞かせているようだった。
きっと、不安で仕方がないのだろうと思う。不安だからこそ、自分で自分を安心させようと必死なのだ。だから辛くても苦しそうでも、無理した微笑みを浮かべることの理解ができた。