消えた卒業式とヒーローの叫び


「それにね……。私、入院だから卒業式も出られないんだ」


 嗚咽と鼻をすする音に紛れさせて、吐き出した。涙を袖で何度も拭う彼女に、ああ、それが日彩の一番の苦しみかと悟る。

 受験が終わっていたことは不幸中の幸いだが、この時期、日彩にとって大切なことは山ほどあるはずだ。

 きっと、小学校、中学校と長い間一緒に過ごしてきた友達と高校進学とともにバラバラになってしまうからこそ、最後まで一緒にいたい思いが人一倍強かったのだろう。

 卒業式なんてこれから何度もある、と言えばその通りかもしれない。

 でも、その時、その場所で、そこで出会った仲間と共に卒業できるのは、人生で一度きりだ。

 例え同じ名称の式が今後存在しようと、二度と同じものにはならない。たった一度きりの、かつ最後のチャンス。

 卒業式に対して、私は特に思い入れがなかった。だって、何事も無く式を迎えられるのが当たり前だったから。

 仲の良い友達もいない、卒業したくないほどの思い出もない。この場所から次のステージに進むだけ。乗り越えなければならない、ただの締め切り付きの課題。


 でも、それは奇跡だったんだ。皆、当たり前のようにその場に集まって、当たり前のように歌を歌い、当たり前のように笑顔で校門を出ていくことは。


 当たり前なんかじゃない。一生に一度だけの瞬間(たからもの)だ。

「卒業式……。そっか、最後なのにね……」

 迷った末に出た言葉はこれだけだった。日彩の涙は止まることを知らないよう。

 きっと、私が知らないうちに色々我慢して耐えてきたこともあったのかもしれない。

 いつも笑顔で優しく、周りに気を遣える日彩は、涙を見せて人を困らせることはない。そんな彼女が私の前では自分をさらけ出して泣いてくれるのが、少しだけ嬉しかった。

 同時に、中学生らしくない彼女の大人びた考え方に、胸が締め付けられた。

 いつの間にそんなに成長してしまったのだろう。まだそんな思考にならなくていい。中学生らしく我儘を言っていればいい。

 同時に、妹に気を遣わせてまで、大人気なくストレスをぶつけてしまった自分を情けなく思った。


「もう抱え込まなくていいよ。私が全部聞くから。他にも何かあったら、すぐに吐き出していいからね」


 我ながら臭いセリフだと思った。でも、これは本心だった。どうか日彩が元気を取り戻しますように。どうかもう一度、心から笑ってくれますように。

 大切なたった一人の妹を、助けたい一心だった。

 日彩が少し落ち着いた後、リハビリが大変らしいということや、後遺症も残るかもしれない不安を語ってくれた。今まで自由に動くことのできていた体を、上手く動かせない恐怖。

 そして、何より卒業式に出席できないことが一番辛いと。絶対に嫌だと言った。


 どうして、と呟く彼女の口から続きの言葉は出てこなかったけれど、その先は容易に想像できた。

 自分だけできない、自分だけ上手くない、自分だけ友達がいない、自分だけ他とは違う、そんな思いを抱えてきた私だからこそわかったのかもしれない。


 そんな時、自分はどうして欲しかっただろう。他人にどうあって欲しかっただろう。日彩のために何ができるだろう。


 暮れゆく空の下、私はぼんやりとそんなことを考えながら、誰もいない家へと足を進めていた。



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