消えた卒業式とヒーローの叫び
そう思って、私は口を開いた。この前一緒に映画を見に行った妹が、ギラン・バレー症候群という病で入院し、卒業式に出ることができないことから、完全に塞ぎ込んでしまったと。
そして病名を知った日の帰宅後に、この病気について調べた内容も説明した。
ギラン・バレー症候群とは、全身の神経に炎症が起きる急性の病気で、難病に指定されているもの。
その症状は、まず初めに風邪や下痢などの感染が起こり、その一から四週間後に手足先の筋肉に筋力低下が出現する。
しびれ感などの感覚障害も出現するが、多くの場合、筋力低下が目立つ。
両下肢から始まって両上肢にも拡がり、一から二週間でピークに達する。
軽症例から重症例まで様々だが、重症例では物を飲み込めない嚥下障害や呼吸障害も出現し、致命的になる。
この文章を読んだ時、私はあの時の恐怖を思い出し、手にじわりと冷たい汗が滲み出た。もしかすると、もう少し救急車が遅ければ、日彩は呼吸困難が命取りとなってーー。
考えたくもなくて、私は部屋で一人、頭を振った。現に日彩は生きている。無駄に嫌な想像をする必要などないじゃないかと。
でも、考えれば考えるほど、今後そのような結果になってしまうのでは無いかと思えて、怖くなった。それを必死に打ち消そうと、また指を動かす。
顔面神経麻痺や眼球運動障害などの脳神経障害、不整脈や腸閉塞などの自律神経障害を合併する場合もあり、重症例ほど頻度が高くなる。
四週を過ぎると徐々に改善するが、後遺症が残る場合もあり、二から五パーセントで再発がみられるのだ。
有病率は十万人あたり一人から二人ほどで、いずれの年齢層にも発症する可能性があり、やや男性に多い傾向がある事も、この時初めて知った。
『ギラン・バレー症候群の原因として挙げられるのは、細菌やウイルスの感染です』
その時、何か思い当たる節がある気がした。見えない追っ手から本能的に逃れようと、視界の悪い森の中を息を上げて駆け抜けるような感覚に囚われながら、スクロールを続ける。
『本来は細菌やウイルスを攻撃するはずの免疫である抗体が、まれに自分の神経を誤って攻撃してしまい、そのために炎症が起きるのがギラン・バレー症候群です』
その下に記されていた症例の一つに、カンピロバクターという食中毒菌が原因だったと考えられるものがあった。
カンピロバクターは、主に家畜などの腸管に広く存在しており、特に鶏の保菌率が高く、不十分な加熱のものを食べた場合はカンピロバクター感染症になることが多いのだと。
カンピロバクター感染症になると、腹痛、下痢、嘔吐、発熱を主な症状として、まれに血便を生じることもある。
その合併症として、下痢後、一から三週間後にギラン・バレー症候群を起こすことがあるらしい。
思わず画面から目を背けたくなった。あの時だ。私があの三人と映画を見に行った時、彼女が食べていたのはチキンステーキだった。
確証はない。でも、もしあの時連れて行かなければ……あの時、別のものを頼もうと言っていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。そう思うと、真っ黒な罪悪感のベールに包まれる。
治療には、これから長い期間をかけてリハビリを続けなければならないらしい。
完治するかもわからない、後遺症が残るかもしれない、いつリハビリから解放されるのかも各々で変わってくるためわからないと、そこには記されていた。
そんな大変な病気の原因を、私が作ってしまった可能性があるだなんて。どうしたらこの罪を償えるだろう。ただ可哀想だと見ているだけでは駄目だ。私が何か動かなければ。罪滅ぼしの意味でもーー。