愛妻御曹司に娶られて、赤ちゃんを授かりました
傑は兄の目から見ても、目鼻立ちの整った秀麗な容貌をしている。黒い髪に、同じ色の切れ長の目。低い声も耳に心地良い。
俺は身長こそ傑より少し高いが、遺伝子の妙で色素の薄い髪と瞳を持っている。傑より容貌の点で言えば数段劣るはずだ。
容姿で比べてというのも浅はかな話かもしれないが、選ぶ側の基準としては大きいに違いない。まして、気持ちが関わってくれば余計に。
咲花の心に傑への気もちが残っているなら、俺との婚姻はやはり残酷なものなのかもしれない。

「あ」

咲花の声で前方を見る。なんというタイミングだろう。大きな道路を挟んで反対側の歩道に傑の姿がある。そういえば、傑と咲花の職場は近いのだ。

そして傑の横には女性の姿がある。
目を凝らしてみるとふたりの姿がよく見えた。女性はまだ本当に若い。子どものようなあどけなさがある。
あれが傑の恋人だろう。結婚を考えているという職場の後輩。

傑の横顔が見えた。恋人の顔を見下ろし、優しく笑う表情。傑はあんな柔らかな表情をするのだと驚いてしまう。
しかし冷静に俺は考える。
まじまじと女性を見つめれば見つめるほど、咲花の方が美人に見える。
傑の恋人は可愛らしいけれど、どう見ても咲花の方が上だ。どうして傑は咲花ではなく、彼女を選んだのだろう。甚だ不思議だ。

そこまで考え、はっと咲花の方を見る。
咲花の横顔はうっすら微笑んでいた。遠くなるふたりの姿を見守っている。
慈愛溢れる表情に、俺は胸が痛んだ。
咲花は今どんな気持ちでいるだろう。傑と恋人の姿を偶然でも見てしまった。傑へ気持ちが残っているなら、この光景はつらいに違いない。
< 31 / 181 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop