愛妻御曹司に娶られて、赤ちゃんを授かりました
「咲花」

気遣うような声音になってしまった。俺の呼ぶ声に、咲花が俺を見上げる。

「なあに」
「今の」
「傑と彼女だったね。私、写真は見たことがあるの。でも、並んで歩いてるのは初めて見ちゃった。傑デレデレの顔してるのが遠目でもわかったわ。今度冷やかしておこうっと」

陽気に明るく言うのはカラ元気なのだろうか。それとも俺を気遣っているのだろうか。

「咲花、傑に対して想うところは本当にないのか?」

咲花がハテナというふうに首を傾げきょとんと俺を見あげている。

「どういう、……意味?」
「俺は傑の兄だ。一緒にいて嫌な気持ちにはならないか?結婚、無理にしなくてもいいんだぞ」
「え?」

咲花が驚いた声をあげる。
傑に気持ちが残っているのに、その兄と結婚だなんて、やはり無理を強いてはいけない。
咲花の気持ちはわからないけれど、先ほどの傑を見つめる優しいような寂しいような瞳は、見過ごせない。

「ずっと、結婚は傑とするものだと思ってきただろう。いきなり俺と結婚と言われて、おまえも戸惑って当然だ」
「そんなことないよ。嫌だったら、婚約決める前に断ってるし」
「断りづらい背景もあったんじゃないか。親同士の関係とか」
「……佑、今、傑と恋人が歩いてるのを見たせい?それでそんなことを言うの?」

咲花が訝し気に眉をひそめる。

「それは確かに。でも、考えていたことでもある」

咲花は瞳を揺らし、それから下を向いた。しばらく俺と咲花の間にを無言が支配する。
自分から口にしておいて、咲花の様子に俺は戸惑っていた。咲花は悲しいのだろうか、憤慨しているのだろうか、それともすべてが面倒くさくなっているだろうか。
< 32 / 181 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop