電話のあなたは存じておりません!
「……うん。そうだね」

 私もそろそろ現実に帰って来なければいけない。

 そう思うのに、今夜も私はスマホを手に時計の針が八時半になるのを待っていた。

 知らず知らず、クルスさんからの電話を待ち望んでいたのだ。

 多分、この時点で麻痺していたのかもしれない。

 不審者か好きになりかけている人かの判断がつかなくなっていた。

 八時半を過ぎ、スマホが鳴った。ディスプレイは【権兵衛のクルスさん】だ。

『あ、芹澤さんですか?』

「はい、そうですよ。今晩は」

 続けて「お疲れ様です」と挨拶を口にする。

 私はベッドの側面にもたれて座りながら、今日由佳たちとした会話を思い出していた。

「……あの。クルスさんは、来栖商事の社員さんですか?」

『えっ』

 脈絡もなく聞いたせいか、彼が頓狂な声を上げる。

「そもそもフルネームを聞いて無いので、教えて貰えませんか?」

 耳に当てたスマホを握りしめ、クルスさんの返事を待った。

『さすが芹澤さん。優等生のキミは今でも健在だね?』

「え、じゃあ……」

『察しの通り、僕は来栖商事の社員だ。ただフルネームは答えたくない』

「え……」

 ーーなんで?

< 19 / 36 >

この作品をシェア

pagetop