電話のあなたは存じておりません!
「クルスさんは……その、ハンドルネーム的な名前ですか? せめて苗字だけでも分かると嬉しいんですけど……」

 何だろう、私はどうしてこんな質問を。

 何故か食い下がってでも、このクルスさんについて知りたいと思っていた。

『ごめんね。今のところ、クルス、としか答えられないな』

 ーーここにきて、まさかの秘密主義?

 クルスさんは教師でも先輩でもなく、教師になりたかった顔見知りの人だ。高校時代の私はこの人に悩みを相談している。

『……芹澤さんは…もう覚えて無いだろうね? 僕は教育実習生だったんです』

 ーー教生……。

 だからか、と妙に腑に落ちた。

 先生でも先輩でも友達でも無い、ただの通りすがりの相手だから、私は悩みを打ち明けたんだ。もう二度と会う事の無い相手だから。

 だから誰にも言えない"男の子の悩み"や、"虐めの問題"を話した。内に溜め込むのがストレスで、単に聞いて欲しかった。

 そしてそれを聞いてくれたのが、このクルスさんだ。

『芹澤さんは……。とにかく英語が得意でしたよね。卒業後、何処かに留学するのかと思っていましたが、そうしなかったんですね?』

「あ、はい。まぁ。そのまま大学に進学して今の会社に……」
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