電話のあなたは存じておりません!
「うん……。辞めたくは無かったんだけどね。前任の副社長が二つ上の兄で、その兄が亡くなったから……自然とね。跡目を継ぐ事になった」

「……そう、だったんですか」

 そういう家庭の事情というものは、往々にしてあるだろう。来栖さんのように、親が大企業の社長なら、なおさら。

 私が口を出すべき事では無いと判断し、お皿のパスタをまたくるくると巻いた。

「だからと言って辞めた事に関しては後悔していないし、今の仕事にも満足してる。
 何より、得意先の会社に芹澤さんが居るのを見付けて……ちょっとだけ有頂天になった」

 来栖さんの甘い視線に心臓をギュッと鷲掴みにされて、私は視線を曖昧に泳がせた。

 彼の好意は正直言って嬉しい。心の底から叫び出したいぐらい嬉しいし、勿体ないとさえ思ってしまう。

「どうやって芹澤さんに近付こうかって散々考えたよ。芹澤さんの性格を考えると、直接話し掛ける事は出来なかったから」

「だから敢えて間違い電話を装って、電話を掛けて来たんですね?」

「そうだよ」

 皿の中のパスタを食べ終えて「ご馳走さま」と手を合わせる。

「あなたの事は大体分かりました」

「そう、それは良かった」
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