あいつがいない世界で。
「それで、どうして死んだんだ?」
笹原は思い出したように問うた。
「なんでも、轢かれかけた猫を庇って死んだらしい」
「猫を?そんなことするようなやつだったんだな、高尾って」
「なんか、意外だよな」
三組の高尾が死んだ。猫を助けて死んだ。そんな話は、一日のうちに全クラスを駆け巡った。
「で?その猫はどうなったんだ?」
「さあな。逃げたんじゃね」
私の知っている高尾圭介は、毎朝廊下ですれ違う。それだけの人だ。
私の人生には、高尾圭介という人間が深く関わってくることもないし、これからもそれ以上の関わりを持つことも無い。
だって、彼は死んでしまったのだから。
ただ、私のよく知らない高尾圭介は、猫を助けるために自分の命を引き換えにするようなやつで、ただの地味な男ではなかったということだ。