俺は、電脳世界が好きなだけの一般人です
第九話 大会
大会が始まった。
俺とユウキはバイクで移動しようと思ったが、戸松先生から辞めて欲しいと言われた。俺たちの学校では、バイク通学は認められているが、他の学校では禁止されている。そこに、バイクで乗り付けるのは、ダメだと言われたのだ。一緒に移動しても良かったのだが、学校が用意したバスでの移動となるとパソコン倶楽部の面々と同じ空間で過ごす必要がある。持っていく荷物を見られたくなかったという理由もある。
そこで、俺とユウキは、頼りになる前会長と前副会長に連絡をして、”貸し”の一つを返してもらうことにした。
先輩たちは、伊豆の旅行をまた行う予定にしていたのでタイミングは良かった。
俺とユウキは、清水港からフェリーで土肥まで移動して、そこから先輩の車で保養所まで移動する。
「タクミくん。また、面倒な事をしているようだね」
「梓さんに言われると、俺が面倒事を引き寄せているように聞こえるのですが?」
「違うのかい?君は、”トラブル”愛されているのだと思っていたよ。あっユウキにも愛されているから、丁度いいのかな?」
「ユウキに愛されているのは認めますが、トラブルに愛されているとは思っていませんよ」
「美優。聞いたか!あの、タクミくんが、ユウキに愛されていると認めたぞ!」
「梓。いいから、前見て運転して、ユウキ。良かったわね」
「うん!そうだ!先輩。今度、家に遊びに来てください!」
ルームミラー越しに見る、梓さんの顔がニヤニヤしている。
「良いのかい?タクミくん?」
「はぁ・・・。良いですよ。面倒事を持ち込まないでくれれば、問題はないですよ」
他愛もない話をしているが、梓さんが運転する車は保養所に到着した。
出迎えたのは、戸松先生だけだった。二人は、戸松先生に挨拶をして、帰っていった。
戸松先生の案内でロビーに入ったが、すでに大会は始まっていた。
偉い人の話を聞かなくて済んで良かったと思えた。ユウキは、施設を見て回りたくてウズウズしている。戸松先生から部屋の鍵を受け取った。別の部屋だが、引率で来ている人たちがまとまっているので、自然と部屋は近くになる。部屋は、廊下の奥の対面になっていた。非常階段の横だ。会場を見下ろす位置にある部屋だ。あとで、指向性のWIFIを試してみよう。運が良ければ繋がるだろう。
戸松先生の話では、ルールが書かれた冊子が部屋に置かれていて、起動するサービスが定義されていたようだ。
それほど奇をてらった物ではなかった。サービスは全部で3つ。
サーバからデータをダウンロードして解析を行うプログラムで、機械学習用のデータのようだ。サービスを起動すると、CPUの空き時間を利用して、サーバからデータをダウンロードして解析を行う。解析が終了したら、解析済みのデータを次のサービスに通達する。同時に、サーバから次の解析するデータを取得する。
次のサービスは、サーバに向けて解析が終了したことを通知する。サーバでは、通知と同時にIPのアドレスを公開する。攻撃対象を絞りやすくするためだ。
もう一つのサービスは、解析した結果を表示するためのPHPで作られたWebサイトだ。
通知サービスが、C言語で書かれたソースコードでの提供になっている。説明は無く、makefileを見ながら必要なモジュールを組み込んでいく必要がある。意外と難易度が高いと思うが、救済措置も用意されていた。二日目の朝に、コンパイル方法の提供が開始されるようだ。しかし、この時点でかなりのハンデを背負うことになる。通知サービスを受けたサーバの動きは、データの解析回数をカウントアップする。通知回数分だけサーバは、決められた分量の解析データを取得するのだ。半日以上の遅れは致命的だろう。
解析モジュールは、Pythonで書かれているが、データ取得部分は、Rubyだ。いろいろやってくれる。解析を制御している部分はC言語で書かれているが、こちらはコンパイルの方法は示されている。
「面白いですね」
「あぁでも、篠崎くんの想定していた範囲だな」
「そうですね。でも、ここまで言語を使ってくるとは思っていませんでした。最小構成で構築できれば良いのですけど・・・」
「それなのですが、OSは複数用意されていて、どれを使っても良いとされているようです」
「へぇ明確な罠OSもあるだろうな」
「どうでしょう。4チームとも、得意とするOSを選択して最小構成で入れているので問題はないようです」
「コンパイルも?」
「まだ、そこまで到達していないと思いますが、何も言ってこないので大丈夫でしょう。それから、各校からの申し出で、18時以降22時までの間で、引率との会議が出来るようになりました」
「わかりました。問題がなければ、各チームのリーダと副リーダで20時から会議を行いましょう」
戸松先生が、顎に手を置いて考えてから
「それは辞めましょう。篠崎くんを交えた打ち合わせは、21時以降にネット会議にしましょう」
「わかりました。何か言ってきたのですか?」
「えぇ」
津川先生が完全にパソコン倶楽部側に立ったのだろう。何か、文句を言ってきたのだろう。それも想定範囲内だ。
「わかりました。実害は無いのですね?」
「無いです。全部、拒否しました」
「ありがとうございます。夜に詳細を教えて下さい」
「詳細は、あの子たちが知っています」
「え?あぁわかりました。聞いておきます」
「お願いします。篠崎くん。それでは、15時までは私がロビーで待機しています」
「わかりました。俺とユウキは保養所の施設を見学してきます」
「わかりました」
ユウキを見ると、ロビーの椅子に座ってスマホをいじっている。
先輩にお礼を書いていると言っているので、何かやり取りをしているのだろう。
戸松先生に頭を下げてから、ユウキの方に向かう。
「ユウキ」
「話は終わったの?」
「あぁ部屋の鍵も貰ってきた、部屋に移動してから、施設を見に行こう」
「うん!」
腕を組もうとするユウキを制した。さすがに、ここで腕を組むのはいろいろと不味そうだ。校内だったら、問題だと言ってきたら言い返せばいいけど、波風は少ないほうがいい。ユウキも承諾した。部屋に入ったら、キスを求められたが、部屋の中なら問題は無いだろう。
部屋に荷物を置いて、ユウキの部屋も見てみるが同じ作りになっている、正面なので、左右対称になっている。
ユウキと一緒に保養所の施設を見て回るが、殆どの施設が閉鎖または利用禁止になっていた。
プールもあったがさすがに利用禁止だ。庭は歩けるようになっている。大会に参加している者は、庭には出られないようだ。引率に渡されるチケットを見せたら、庭に出られた。チームで話し合いが出来ないようになっているのか?それなら、夜の打ち合わせも禁止すればいいのに中途半端な感じがする。
「タクミ。ベンチがあるよ?座って休もう」
「そうだな」
ユウキと並んでベンチに座る。
「タクミ。それでどうなの?」
「まだわからないけど、戸松先生から聞いた内容だけなら、問題はなさそうだ。やはり、防御優先にして、サーバは速度重視で考えるのが無難だったよ」
「そう、タクミの作戦が当たりそうなのだね」
「そうだな。あっもう少ししたら、俺がロビーで待機するから、ユウキはどうする?部屋で休んでいてもいいぞ?」
「そうする。僕のパソコンもあるよね?」
「あるけど、設定しないとネットにはつながらないぞ」
「お願い」
「わかった。それじゃ、部屋に戻って、設定をするか?」
「うん。タクミの部屋に設置でいいよ?僕、タクミの部屋で待っているから、帰ってきたらノックして」
「わかった。食事の時間になったら連絡するな」
「うん。寝ているかも知れないから、電話して」
「そうするよ」
ユウキを部屋に連れて行って、パソコンを取り出す。
自分のパソコンとユウキが使うパソコンの設定を行って、ネットに接続できることを確認する。
俺のパソコンで、ネットワークを走査させてみる。
通常の公衆LANと似たような設定だろう。両方のパソコンで、秘密基地にVPNで接続する。盗聴が仕掛けられていても少しは安心できる。
ユウキを部屋に残して、ロビーに向かう。
部屋のルームサービスは使えるようなので、帰る時に精算すればいいだけなので、腹が減ったらルームサービスを取るように伝えた。ルームサービスを見ると、食堂でひと目を気にしながら食事をするよりはいいかもしれないと思った。後で、ユウキと相談だな。
ロビーに居る戸松先生に挨拶して、待機を交代する。
一度、リーダが来て、2時間30分でサービスの起動に成功して、攻撃チームも開始から3時間後にサービスを起動できたようだ。想定していた攻撃はまだ来ていないようだ。サービス起動のログを見ると、戸松先生が確認した時点で、起動できていたのは、6チームだけのようだ。有志4チームの他に2チーム存在しているが、北山の所ではないようだ。
1・2・3・4でのフィニッシュは無理だろうとは思うが、案外いい所に行くかもしれないな。
「先生。追加の食券を用意しておいてくださいね。このまま行けば、優勝だってありえますよ?」
「だよな・・・。まぁいい・・・。電子科と情報科の評価も上がるし、電脳部の予算が確保しやすくなるからな」
戸松先生が愚痴りながら引き継ぎをしてくれた。
話を聞く限りでは問題はなさそうだ。
サービスのコンパイルで手間取ったらしいが、問題は、それだけだったようだ。
最小構成で作った弊害が出てしまったが、出来ていないチームが多い現状を考えると、何か特殊なモジュールが必要になってしまったのだろう。脆弱性のチェック方法は教えたから大丈夫だとは思うけど、攻撃のターゲットになりえるモジュールでなければいい。
ロビーで待機していたが、誰も訪れなかった。
他のチームだと思える者たちが、引率に質問をしてから部屋に戻っていく、俺はロビーのソファーに座って、珈琲を頼んで飲んで待っている。