マシュマロベイビー
紅葉と別れて
改札口を抜けた。
雑踏の音に飲み込まれる。
帰宅ラッシュのピークなのか
人が多くて、ぶつかりそうになって
ちゃんと、前見てるのに
見えてないみたいに
動揺した心がそのまま、
足にあらわれちゃってるのかな。
歩みがままならなくて。
視界が暗く感じるくらい
胸の真ん中のところが
冷たくて、ジンジンして
イヤな鼓動が響く。
バッ。
風が動いた音。
誰かが、
萌の肩をつかんだ。
「ひゃっ」びっくりして
振り返る萌。
視線を上げると
アラタくん?
「ハア、ハア」
肩で息している
アラタが、汗だくで
立っていた。
え?なんで?
「ど、どうして?
なんで」
言いながら、
萌は、肩から
下がるスクールバッグの紐を持つ手に
チカラが入ったのが
自分でわかった。
「…ハア。萌。
あれ、…ちがくて」
きつそうに、喋るアラタ。
…走ってきたの?
萌と紅葉はあの場所から
すぐバスに、乗っちゃったのに
あそこから
ずっと
走ってきたの?
萌の胸はまたしょうこりもなく
早鐘を打つから。
「はっ。萌…」
息を整えて、喋ろうとするアラタに
キュウってしまる自分の胸を無視して
萌は言った。
「あ、あの。アラタくん。
えっと…
なんで、
その、
わたしは大丈夫、だから。
ほんと、気にしないで?
気にしなくて、いいから。
戻っていいよ…
戻って下さい」
「なんか…
その。ごめんね。こんなとこまで」
わたし、普通のかおできてるかな。
わたし、普通の声出せてるかな。
ちゃんと、伝わったかな…?
お願いだから。
今は
こんなとこに
いないで。
アラタくんに行ってほしい。
わたしを置いて行ってほしい。
だって、わたし
恥ずかしくて
みじめで
悲しいんだもん。
ずっと、考えてた。
あのキス…。
そして、
泣いたこと。
アラタくんに誤解?
されたみたいで
なんてアラタくんに言ったらいいのか
アラタくんにどう伝えたらいいか
アラタくんはどう思ってるのか
アラタくん
アラタくん
わたしは…。
私の中はアラタくんばっかりだった。
でも
アラタくんにとっては
…。
わたしが気に病む意味なんて
なくて
アラタくんの中にわたしの
存在なんて
無かった。
ただその事実に
勝手に
そう、ほんと
勝手に
みじめになってるだけ。
こんな自分。
見られたくないの。
アラタくんは悪くない。
アラタくんは何も悪くないの。
最初から
トモダチで。
わかってたのに
言ったのに。
なのに、
そんな風に
アラタくんが
わたしのところへ
いつも、いつも
走って来てくれるから。
つー。
アラタの頬から汗が伝う。
私のために、息切らして
眉寄せて、アラタくんの瞳が
私を見ている。
バカな私は、いつも
アラタくんのその瞳の中に
スキの気持ちを探してしまうから。
まるでわたしのことが大事みたいに
そんなふうに駆けてこないで。
「フッ。」って
笑うみたいに下を向いた
アラタくんから
「なんだよ、それ」
つぶやくような声が聞こえた。
あ…。
何で?
わたし また、伝え間違えた?
何でだろう。いつも
わたしは上手にできない。
滅多に怒らないアラタくんを
怒らせちゃうの。
わたしは、ただ
そんな、
わたしに気をつかわないで。
アラタくんのジャマしたくないだけなの。
「…とにかく、
送るよ。」
それでも優しいアラタくんが、
言ってくれる。
「や、ほんと、大丈夫だから」
…
そういう萌に
「いいから。
この時間
メッチャ、ピークじゃん。
行こ。」
アラタくんの手が萌の腕にふれる。
…だから、
こういうの…。
「やっ」
思わず手を避けてしまった萌。
あ、どうしよう。
「ご、ごめ」
慌てて言いかける萌に
「おれは、あいつらと
一緒かよ」って、
アラタくんが
眉を寄せて
泣き笑いみたいな顔で
言った。
あいつら?
あいつらって、チカンのこと?
そんな、まさかっ、一緒のわけない。
萌は思ったけど
「わかった。
…じゃあ、気をつけて」
視線は合わないまま
アラタくんが背中を向ける。
自分から遠ざかる
その背中を
萌は見送るしかできなかった。
ビビビビー。
頭上で電車のベルが
時間切れを告げる。