マシュマロベイビー
…
ブーブー。
重い音がして、振動が体に響いてくる。
ん?
眠りから起こされた紅葉
まだ開かない目をこする。
なに…ケータイ?
モゾ。
手を動かして
シーツを探った。
あった。
指先に固い感触が触れる。
「…い」
あ、こもった声になっちゃった。
「奏?寝てた?
何か声違うね。
ゆかだけどー。久しぶり。
最近全然来てくれないじゃんー。
今日おいでよー。」
女のひとの声。
「え?っと」
ゆか?
紅葉はまだぼんやりしてて、
え?
寝ぼけた目で自分の手元をみる。
私の携帯じゃ、
無い…。
携帯越しの天井が
知らない場所…。
起き上がった紅葉の視界には
木目調の濃いブラウンの壁やチェストが
映って…
モノトーンな、オトコっぽい部屋。
「あれ?誰?
奏のケータイだよね」
…奏ちゃん家。
昨日の記憶が襲ってきて
紅葉は思わず
目をギュって
つむった。
シーツや空気が直に触れる自分の肌に
心もとなくなって…
身体を守るように
上掛けを手繰り寄せる。
「ちょっと、誰?」
女のひとの声に、意識を戻されて
あ、どうしよ。
間違えて奏ちゃんのケータイ出ちゃったんだ!
「あっ…と、あのわたしは…」
何て言ったらいいの?
紅葉が戸惑っているあいだに、
電話の女の人が言った。
「ま、別にいいけど。」
え?
「だって〝彼女〝じゃないでしょ?」
ほんと、何でもないことのように
軽い調子の〝ゆかさん〝のこえ。
「あ、はい…」
ドキンドキン。
それは、どういう意味?
ゆかさん…は?
「ほんと、悪いオトコだよね。
高校生のくせに。
自由すぎ。
ま、カッコいいから仕方ないか。
私のことも
気楽に付き合ってるひとりだから
気にしないで」
笑いを含んだそんな言葉。
「あれ。でも、勝手に電話出たりしたら、
怒られるんじゃない?
そういうの
嫌がりそうだけど、
奏。
ね?
まあ、とりあえず…
今あなたと一緒なら、
わたしは夜でも会えるか…
後でまた電話するわ。
じゃあね」
ゆかさんのペースで進められた会話は
そこで終わった。
「…はい」
ケータイを、きる。
…
自分の脈がすごくて、
耳元で
ドクンドクン。
音が聞こえる。
…
…世界が落ちてこないかな。
昨日は私が泣いて
泣いちゃって
わたしが…
奏ちゃんを好きだって
バレちゃって
奏ちゃんが嬉しいって、
それで
それで
それで?
もう、わたしの防御壁なんてボロボロで
何度もなん度も
奏ちゃんが近くって
触れて
まるで、気持ちが通じ合ってるみたいに
ずっと、手を繋いでて、
ずっと、2人で…
まるで、わたしの心は
内側からしびれてるみたいに
夢見ているみたいだった。
…
夢みていたかったのかな。
奏ちゃんが、まるで私のことを…
私が思ってるのとおなじように
奏ちゃんも私が好きだって。
覚めたくなくて
心のどこかでする声を
聞こえないフリしたの?
泣くかもよ。
って、自分の声も
『お前以外にオンナいないなんて
言ってないじゃん』
消えなくてずっと残ってた先輩の声も
聞こえないフリしたの?
ああ、わたしってば
バカなのかな。
何度
繰り返すの…?
先輩のときと同じどころか
奏ちゃんには
好きだとさえ
言われていないのに。
ガチャ。
ドアが開いて
入ってきた奏が見たのは
ベッドに腰掛けて
帰り支度も終えてる紅葉。
俯いていて顔が見えない。
奏が口を開く前に
紅葉が言った。
「帰る」
「…おお、うん。
送る」
紅葉が首を振る。
「ううん。
いいよ。」
そう言って、立ち上がる紅葉は
まだうつむいたままで。
奏が
紅葉の手を掴んだ。
「どうした?」
その手を紅葉は
見下ろすけど、
無言の紅葉。
「紅葉?」
やだやだやだ。
帰りたい。
逃げ出したい。
奏ちゃんのかおなんて…
見れないよ。
あんだけ、言ってたくせに
カッコ悪くて、はずかしくて
みっともなくて
自分が嫌になるから
最後に、
傷ついてないフリくらいさせて
紅葉は顔をあげて
目の前の奏ちゃんに
「もう、気が済んだでしょ?」
そう、言った。
その声は自分でもびっくりするくらい
冷たかった。
どきん。
一瞬
紅葉を見つめる
奏ちゃんの目が
歪んだ気がした。
笑みさえ浮かべてるような表情の紅葉に
奏ちゃんが 髪をクシャって
かき上げるみたいにさわって
はっ
って笑った。
「女の子じゃないから
やり捨てされたなんて、言わねえけど」
紅葉と視線を合わせた奏ちゃんが、
「オトコは傷つかないとでも思ってんの?」
静かにそう言った。