マシュマロベイビー



たぶん、聞こえているのに




止まってくれない。




振り向いてもくれない。




でも、




「奏ちゃん!」




奏ちゃんを追いかけようとする紅葉。




「えー。なに。」

 


「そう?って。奏?」



「ちょっと、待ちな〜い」



まわりの若業生の手が紅葉をつかんだ。




「キャっ」



思わず紅葉の口から



びっくりした悲鳴が出た。




ピタ。




その声に止められたみたいに




奏の足が止まった。




クル。




急にUターンした奏が



スタスタスタ。



すぐに




紅葉の目の前に




…奏ちゃん。



来てくれた。



…けど、




眉を寄せて




口を尖らせてる奏ちゃんは

 


めっちゃ、怒ってる!




「何だよ」



低い奏ちゃんの声。




「…え?奏ちゃんって、奏待ち?」




「何だよ。つまんね」



「でも、振られたら、チャンスあるくね?」




なんて、まだ言っている外野。




依然、怒った顔の奏ちゃん。




紅葉の周りに視線をうつしたその眉間が




さらに機嫌悪そうに歪んだ。




紅葉の腕を掴んでいた若業生が



バッ。




その視線にすぐさま手を離し




ホールドアップの体勢に。




そんな奏ちゃんの冷たい視線に




もう、紅葉は泣きそうになるのに。




「はー。」重いため息をついて




「お前っ…。



…マジで泣かすよ?」




奏ちゃんはなぜか



困ったように




そう言った。




え?




…なんでー?



胸のなかでは、たくさんの言葉が




グルグルしていて




急上昇したような体温に




顔が火照るのに




…喉に熱いかたまりがあるみたいに




コトバが出なくて。



そんな無言の紅葉に




「何がしてえんだよ。」



奏ちゃんのうざそうな声。




それだけで



意志に反して、潤んでくる




紅葉の瞳。



でも、



言わなきゃ…



ちゃんと、言わなきゃ!




「あ、あたしは、奏ちゃんに




えっと…



このまえのこととか?




ちゃんと話したくて。




それで…」




「話すって、



『やったからもういいでしょ?』って



やつ?」



奏ちゃんが直球で



そんなこと言う。



「や、それは、その…」



なんて、言ったらいいの?



燃えるように熱い紅葉の頬がピンクに染まる。




思えば




いつからか、奏ちゃんの前では




奏ちゃんだけには



ちゃんと自分のキモチ



言葉にできなくて



バカみたいに、



思っていること、ちゃんと伝えられなくて



いつもの自分じゃないみたいに




ダメになっちゃうの。




「それは…その間違いっていうか。その…



あのときは」




要領を得ない紅葉に




「何だよ。やり捨てどころか、



後悔してるって言いに来たのかよ」




意地悪度マックスの奏ちゃんが




自嘲気味に、笑って言った。



でもその表情は



くちびるの端を無理にゆがめたようで



笑っているのに、



真剣さが感じられて。




…意地悪じゃ、ないかも



「ち、ちが」




言いかけた紅葉の耳に




「なになに、どういうこと。



あの奏が、やり捨てされたの?うける」




「奏って、早漏なの?(笑)



だって、やり捨てってそれしか無くね?」




「いや。あんだろ。



アブノーマルったんじゃね(笑)」




なんて、空気のよめないギャラリーのこえ。




紅葉の発しかけた声が



消える。


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