マシュマロベイビー
…。
…。
中年オヤジを駅員さんに突き出して
駅の階段を上がる。
ずっと、こっちを見ない。
アラタくん。
ブラックのフードつきのパーカーに
濃いデニム姿。
何も言わない
そのアラタくんの背中を追う萌。
階段をあがりきって
駅のホームを歩く。
萌の喉は
うううん。
喉の奥の
奥のほう
込み上げる気持ちで
つまって
しめつけられて…
トルルルル。
反対のホームの電車の到着音。
その音に負けないように
「…っ。アラタくん」
そう言った萌。
バッ。アラタが振り返った。
「…っに。やってんだよ!
あんな…
触られてんなよ!」
声を少し荒げて
アラタが怒った。
電車とともに
風が入ってくる。
通り抜けるその風に
ホームに落ちているまばらな
葉がひらり舞う。
「…何でだよ。
素直に
おれに守られてればいいじゃん。」
怒っているアラタくん。
〝怒るのなんて、珍しい〝
そう言われてるのに
わたしはアラタくんを
怒らせてばかりだね。
胸がいっぱいで
言葉を選ぶのに
いつも、失敗してばかり…
だから…
スッ。
萌が一歩踏み出して
アラタくんに近づく
「あーいう変態やろうは
ずっと、隙を狙ってて、
1人になったりしたら」
まだ、アラタくんは
怒ってくれているけど。
萌は
まだ届かないから
アラタくんのパーカーの裾をつかむ。
まだ、全然届かないから
「?
な?」
萌の行動に気づいて
意味がわからないって表情の
アラタくんを無視して
アラタくんのパーカーのフードの
紐を引っ張った。
クイ。
「へ?」
首を引っ張られたみたいになって
近くなった
アラタくんに
アラタくんのくちびるに
萌は自分のくちびるで触れた。
「え?萌」
言いかけるアラタくんのくちびるに
何度も触れる。
どれだけ、守ってくれていたの?
ずっと
ずっと
わたしのために…
出会った日から
会ったばかりのわたしのために
店長に掛け合いに行ってくれた。
バイトじゃない日も
わたしを迎えに来てくれてたんだね。
体育祭でも
走って探しに来てくれた。
わたしは、あんな風に
言葉ベタでいつも
アラタくん
傷つけた。
でもそんなわたしを
その後も
守ってくれてたなんて。
いちばん
助けてほしいときに
アラタくんが助けに来てくれたなんて。
うれしくて、申し訳なくて、心があたたかくて
幸せで、何も返せてない後ろめたさがあって
そんな気持ち全部ひっくるめたら
オトコ嫌いとか
アラタくん以外のひとのことは
もう関係ないの。
あなたは特別だと
あなただけ特別で
あなただけ
あなただけが
わたしの好きなひと。
萌は
くちびるをつけるだけしかできなくて
そんなキスしか知らないけど
もっと、もっと…伝えたくて…
くちびる、開いてみる。
アラタくんがしてくれたキス
みたいに。
あ。
こうやって、キスしたら
アラタくんのくちびるのカタチが
わかるんだ。
ハムって。
アラタくんのくちびるを食べるみたいに
キスする。