マシュマロベイビー
ナミダ味のキス
ガチャっ。
萌は今すぐ飛び出して行きたくて
急いで玄関のドアに飛びついたのに
そのドアは開ききることなく、
その急いだ萌の推進力なんて、
無視されたみたいに
アラタの腕に
萌は捕まった。
静かな玄関に
自分の鼓動の音が響くようで。
アラタの顔見るのがこわくて、
自分の顔
見られるのが恥ずかしくて
振り返らないように頑張るのに
アラタの力強い腕は
簡単に萌の身体を動かして
アラタの手で閉じられたドアに
萌の背中が
くっつく。
見上げるアラタの瞳は
熱のせい?
いつもと違うみたい。
少し伏せられて
憂いを含んだようなまなざし。
ドキドキ。ドキドキ。
自分の心臓の音しか聞こえないくらい。
恥ずかしくて、ほんとに
逃げ出したいのに
アラタが
「足りない」
そう言って、
当たり前みたいに
萌に
キスをした。
くっつけただけの萌のキスとは違って
アラタの少し開いたくちびるは
自由に動いて
クチビルが食べられてるみたいで
萌の鼓動はますますうるさくて
どうしていいか、わからなくて
漏れる自分の吐息に
恥ずかしくて…。
だけど、
さっき、
ソファーでアラタくんの手が頬に触れたとき
瞬きして揺れるまつ毛の下の瞳で
見つめられたとき
キスされると思った。
そして、たぶん
わたし、キスして欲しかった。
だから、
アラタくんが言ったとき
勝手な
わたしの身体が動いていたの。
気づいたら
…アラタくんにキスしたの。
今も
逃げ出したい気持ちと
このままアラタくんに閉じ込められていたい
気持ちが両方あって。
身体は麻痺しているみたいに
熱を帯びて
甘い
甘いしびれに支配されて
目眩がしそう。
このキスが
アラタくんの気持ちが
わたしと同じだったら
いいのに。
そう願ってしまう。
だけど、またこのキスが
終わったら…
〝オトコトモダチ〝なアラタくんに
戻るのかな。
オトコの子って…
アラタくんって
ほんとわからなくて
何回もやっぱり私は
ただのトモダチなんだって
勘違いなんだって
自覚させられちゃうのに
それなのに
期待すること
あきらめられなくて
アラタくんを思うこと
止められなくて
どうしよう。
〝トモダチ〝に戻っちゃう
何て思うだけで
涙が出そうになるの。
〝オトコトモダチ〝
自分で決めた
言葉に
縛られて、
どこにも動けなくて
ゴールがみえない。
なかなか許してくれないアラタの
シャツを握りしめていた萌の目尻から
涙がこぼれた。
萌を閉じ込め
上向かせていたアラタの
手からチカラが抜けた。
キスは急に終わり、
「……なんで、
泣くんだよ」
まだ戸惑いで、焦点の定まらない
萌の思考に
アラタのトーンの低い声が聞こえた。
え?
泣いたのは
わたしなのに
そうつぶやいたアラタくんの声が
すごく、辛そうで…
思わず見上げたその先の
眉を寄せたアラタくんの表情に
萌は
「…ご、ごめんなさ」
バカみたいに、自分でも
よく理由もわからない涙は
ポロポロ、ポロポロこぼれるのに
涙で喉が詰まったみたいに
伝えたい気持ちは言えなくて…
「…ご、ごめんなさい」
そう謝るしかできなくて。