魔女の紅茶
どうにか眦に留まれている涙を親指で拭えば、坊やは困惑を存分に含んだ視線を私へと向ける。複数の感情が混ざるそれの大部分は、怒りと悲しみ。騎士団に所属するくらいだ。自分の中に、自分なりの正義をとやらを構築しているのだろう。もごりと動いた唇は音を吐き出したくて堪らないのだろうに、立場を弁えている彼がそれを実行する事はない。
坊やから森へと視線を戻し、散らばる骨達を踏み潰しながらそこへと足を踏み入れる。すぐ後ろで意味を持たない坊やの声がいくつかこぼされたようだったけれど、気に止めず進めばやがてそれも消えてなくなった。
「……本当に、館があったのですね」
そびえ立つ、塀と門。自身より倍近い高さを持つ、錆の目立つそれ越しに見えるのは廃墟と言っても過言ではないであろう寂れた館。「はわわわ」とまたしても意味などひとつも持たない音を吐き出す坊やを一瞥して、人差し指を門に置いた。
「っす!すごいです!魔女様っ」
瞬間、開かれる門。そこから館までの道のりを覆い隠していた草達はへにょりと身体を折り曲げて、踏むべき地面を露にする。
さぁついてらっしゃいなと言わずともついてくるであろう坊やの気配を背後に感じつつ、すごいと手放しに褒められて押さえきれなかった口元の緩みを携えたまま歩を進めていく。かつり、こつり、それほど高さのないヒールで石畳を鳴らせば、視線の先にある鉄製の扉は重苦しい音を立てながら独りでに開かれる。
七十二年という時を経ても、元来の主を忘れたりしない無機物が私は嫌いじゃない。意思を持つ生物と違って、裏切りという概念すら彼らにはないからだ。
「っ、魔女様、」
オロオロわたわたしている坊やは放置して扉の内側へと踏み入れば、それを合図だと言わんばかりに灯るシャンデリアと随所に置かれた燭台のロウソク達。きょろりと見渡すも気になる箇所は特にない。無駄に広い玄関ホール、他に繋がるいくつかの扉と二階に繋がる無駄に大きな階段。階段を上りきった突き当たりの壁には、湖がメインで描かれたどこかの風景画が掛けられている。
人間の気配は背後と二階。面倒ではあるけれど、ここへ出向いたのは現主に挨拶をする為だ。世の中の、魔女に対するイメージがどのようなものかは知らないが少なくとも私は礼儀を重んじる魔女だ。
「二階に居るようね、行きましょうか、ぼ」
「その必要はねぇよ」
「あら、」
「悪ぃが後ろに居た男は邪魔だったからなァ、消えてもらった」
「……ヒキガエルにされたいの?」
無論、自分流の礼儀を、だけれど。