魔女の紅茶

 鼓膜に届いたその音に、脳と目玉が反応する。

「は、出来ねぇくせに」

 紅茶にたっぷりのミルクを混ぜたような色の短い髪と、みずみずしい柘榴のような色の切れ長の瞳。階段を降りきった所の手すりに、腕を組み、もたれ掛かるようにして立っているその男は全てお見通しだと言わんばかりに嘲笑を浮かべた。

「ヒキガエルになっても俺の意識があるならまぁ、話は変わってくンだろうけどよ。そんな不確かなもンにあんたは賭けたりしねぇだろ」
「……」
「ここで、俺が、望んで、あれを消した。つまり俺が望まねぇ限りあれは帰ってこねぇ。自分(てめぇ)の呪いなンだから仕組みは嫌ってほど知ってるよなァ……魔女さんよォ」

 森に関する噂が立ったのはおよそ一年前。それより少し前にこの男が目覚めたのだとしても、誰も居ない、外に出る事さえ叶わない館に放り出されたその現状を理解し受け入れるのに普通であればそれなりに時間を要するものだろうと思うのだが、どうやらそうではなかったらしい。気が触れるわけでもなく、おそらく目覚めてから今日(こんにち)まで自身の置かれた状況を掌握すべく日々を生きてきたのだろう。(まじな)いの仕組みを理解しているくらいだ、噂になるほど森が人間を喰らい始めたのも頷ける。

「……嫌な男ね」

 元来の主である私を、館は招き入れはするけれど、願いを叶えてもらえるのは現主とされた柘榴色の瞳を持つこの男だけだ。
 聡く、そしてずる賢い。しかしそんな人間も私は嫌いじゃない。

「……何を、ご所望?」

 嫌な男だと吐き捨てた私に勝ち誇ったような笑みを浮かべた男は、組んでいた腕を解き、こちらへと歩み寄る。

「あんた」
「……」
「あんたが欲しい」

 たった数ミリの距離を開けて眼前に立つ男は、自身よりも低い位置にある私の視線に合わせる為か上体を屈ませ、頭上から音を落としていく。
 欲しいというそれに特段驚きはしない。魔女という特異な存在に向けられるその多くは畏怖であるけれど、羨望や憧憬だって少なくはないからだ。

「……きみが死ぬまでずっと、きみに仕えろと?それは欲張りじゃないかしら。お姫様」
「誰が姫だ。どこぞのお伽噺になぞらえてンじゃねぇよ」
「まぁキスで目覚めたわけじゃないものね」
「そもそも性別が違ぇだろうが。つうか、そうじゃねぇよ。仕えろなんざ、ひとッことも言ってねぇンだわ」
「……」
「恋人……ああ、いや、伴侶、とでも言やぁ通じるンか?とにかく、そういう意味で俺のもんになれって事だ」

 主に【魔女】として、時に【女】として、キリのない欲を向けられるのは今に始まった事ではない。
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