魔女の紅茶

「……坊やの事は、結構気に入ってるの」
「あ?」
「驚いたり喜んだり悲しんだり怒ったり、くるくる表情が変わるのよ。とても愛らしいでしょう?」
「……」
「だから、残念だわ」

 恋人。伴侶。そんな風にラベルを張り付けたいとせがまれるのは今に始まった事ではないのだけれど、契約を交わすには曖昧なそれに頷くほど、私にとって坊やは価値のある人間ではまだない。
 くるりと踵を返し、「それじゃあね、お姫様」と吐き捨てた。

「……は、おい、いいのかよ。あいつが返って来なくても」

 この男は、囚われ人(ひがいしゃ)だ。
 魔女とて慈悲の心が全くないわけではない。いくら身体的変化もなくその間の意識や記憶がなかったとはいえ、強制的に狭い棺で眠らされ七十二年という歳月を無駄にさせられたのだ。七十二年も経てば、友人や家族などいないも同然だろう。頼る人間はいない、財産の類いだっておそらくない。呪いを解けば当然森も館も失われるのだから、その後のケアとして何か少しくらいはとも思っていた。

「寂しいけれど、仕方ないわ」

 しかし男は、下らない欲望の為にそのチャンスを自ら逃した。出会い頭に付き人を消されて怒らない人がいるだろうか。おそらく、いない。
 まぁ私は、人間ではないのだけれど。

「っ、なら、何だったらいいんだよ」

 ぴたり、玄関へと向かっていた足が止まる。偶然か。いやおそらく違う。厄介な男だ。魔女の【特性】について知っていたとは。
 玄関の向こう側へ、爪先だけだとしても私が出てしまえば呪いは解けるというのに。

「……私が差し出せるものなら別に何だって構わないわ」

 いや、だからこそ、か。
 数歩先にあるその境界へと視線を落としたまま小さくその問いに答えれば、次いで問いが返される。

自分自身(てめぇ)は差し出せねぇンかよ」
「……持っていないものは差し出せないわ」
「……別の奴の、もんなンか」
「違うわ。私は私のものよ」
「人間と魔女じゃ価値が違うって事か」
「……まぁ、種族はともかく、他人より自分の方が大切なのは否定しない」
「は……まどろっこしいのはやめだ。なぁおい、あんたが差し出せねぇのは何だよ?」

 思わず、息が漏れた。
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