魔女の紅茶

 魔女の【特性】とは、契約を前提とした交渉における最中の問いには必ず答えなければならない、というものだ。
 何百年か前ならともかく、現代においてそれを知る人間はいないと言っても過言ではなかった。そもそも、契約というものはそのほとんどが人間から申し出るものであり、対価を要求するのは決まって魔女である為、交渉というもの自体が行われない。契約はいつだって一方通行だった。
 だから、といえば単なる言い訳にしかならないのだろう。端的に言えば、油断していた。たかが人間だ、と。

「……心臓」
「あ?」

 振り返り、先程よりは離れた位置にある柘榴色を見据えれば、その上にある眉根が僅かに寄せられる。

「私は心臓を持っていない。だから心臓は差し出せない。心臓が差し出せないから【私】という曖昧でどんな意味合いにも取れるものを差し出すという契約は出来ない」
「……へぇ」
「……もういいかしら?ここへ出向いたのも国王との契約を果たす為。きみとお喋りをする為に来たわけじゃないの」
「なら、時間を寄越せ」
「……」
「魔女は悠久の時を生きるンだろ?なら、俺が死ぬまで……まぁいつ死ぬかは知らねぇけど、その間は、俺を見ろ。俺以外は見ンな。んで、俺を愛せ。俺以外に、心を開くンじゃねぇ」
「……時間以外にも要求されている気がするのだけれど」
「そんなに語彙力がある方じゃねぇンだわ。とにかく心臓は寄越さなくていいから、あんたの、隣に居させろ」

 人間の寿命はおおよそ百年。見たところ二十代前半といった感じのこの男は長く生きても八十年ほどだろう。同年代であろう坊やを返して貰うのに払う対価としては、決して妥当であるとは言い難いけれど呪いを解いた後のケアを考えていた事を含めばまぁのめない条件ではない。何より坊やの事は気に入っている。取り戻せるのならそれに越した事はない。

「……ひとつだけいいかしら?」
「ンだよ」
「見るな、っていうのは、視覚的な意味じゃないわよね?」
「……」
「視覚的な意味ならこの先不便だからけい」
「っだあ!くそ!俺以外を男として見るなっつう意味でいいわくそが!」

 【で】いい、とは。

「……契約成立ね」

 いや、聞かなかった事にしよう。
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