魔女の紅茶

「あああうっぜぇ!」

 ぼすっ!と握りしめた拳をふたつ同時に打ち付けても、上等な生地であつらわれたベッドシーツの下に隠れたマットレスがやんわりとそれを押し返す。
 あれから、魔女の意識が、曰く人間達には必要である食事とやらに移行してもしつこく名前を聞き続けた。にも関わらず入手出来たのは特段知りたくもない、果てしなくどうでもいいぽやぽや野郎の名前だけだった。
 聞いてもいないのに「あ、僕はクリストファーです。クリスとお呼び下さい魔女様」だとかぽやぽや笑いやがるもンだから「クリス」「はい、魔女様」「呼んでみただけよ」「うわぁ~何だか照れちゃいますね、魔女様」っつう薄ら寒いやり取りを見せられる嵌めになったこの恨みだけは墓に入ろうとも忘れてなどやるものか。絶対に。
 何がクリスだうぜぇ。てめぇは坊やで十分だろうが。俺はてめぇなんかより先に名前を呼ばれてンだよざまぁ。
 確かに、魔女に先に出会ったのはぽやぽや野郎なんだろう。けれど、彼女の隣に居る権利を得たのは己だ。だから、彼女の名前だって知る権利はあるはずで、名前を呼ばれる権利だってあるはずで、そもそもこんな風に実際には飛んでなんかいない花を周りに咲かせて無表情がデフォルトな彼女の唇を本当の本当に少しだけ緩めるのだって、己の役目であって己だけに許されている権利だろう。てめぇじゃねぇ。てめぇじゃねぇンだよぽやぽや野郎。そう思ったら、もう駄目だった。
 無言で席を立ち、好きに使ってと言われた二階の数ある寝室の中のひとつへと適当に逃げ込んでベッドにダイブ、叫んで、拳をぼすん。事もなげに押し返えされたところで仰向けに寝転がり、じわじわと滲み始めた視界を誤魔化すように右腕でそれを押さえる。
 だっせぇ。し、情けねぇ。けど、無理だった。あれ以上あの場にいたらきっと怒鳴り散らしてた。

「カーティス」
「っ……ンだよ、」
「クリスが心配してたわ。どうかしたの?」
「…………別に」

 そいつの事が好きなのか、と。
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