魔女の紅茶

 何を言っているんだ、こいつは。
 そんな表情をされたわけではないのに、寧ろ平常通りの無表情だというのに、そう言われた気がして、情けなさから視線を右へと逸らした。
 と、同時に、ぎしりと小さく軋んで沈む右側。逸らしたは視線の先は月明かりが照らしているだけの薄暗い世界なのに、顔の真横につかれた細い腕はやけに鮮明だった。

「きみは、したくないの?」

 質問に質問で返してンじゃねぇ。
 そう怒鳴れれば随分と楽だったはずだ。俺の、メンタルは。しかし心底惚れている女に覆い被されシたくないのかと問われて尚そこを冷静に指摘出来るほどの余裕なんぞ、生憎と俺は持ち合わせていない。
 シてぇわ。シてぇに決まってンだろ、ンなもん。キスもそれ以上も、あり得ねぇくらいシてぇ。
 小さい頃、宝石のようだと褒めそやかされた目玉を動かして魔女を見据えれば、何だ?と言わんばかりにぱちりとひとつ瞬かれる。有象無象どもは高貴な血統の証であるこの目を崇め讃えていたが、やはり彼女にとってはただの人間の目玉しかないだろう。額に乗せていた腕を降ろし、左右の肘を使って上体を起こせば、己と魔女の鼻先が触れた。

「……っ、ん、」

 勿体ない精神が働いて閉ざされなかった視界は、ルージュでごてごてと飾り立てた唇とは違う素朴な、なのに欲を駆り立てるに十分過ぎるほどのそれで占められる。
 そろりと己のものをそこに合わせれば、熱を伴った柔らかい感触が這った。そのまま数秒合わせたあと、数ミリの距離を開ける。けれどすぐにまた欲しくなって合わせれば、口端から漏れていく吐息。駄目だろ。まだ質問に答えてもらってねぇ。頭ではまだ理性が本能を押さえようとしているのに、身体からは早々に理性が追い出されていたようで、合わせて、離して、また合わせるこの行為がやめられない。

「……っ、なぁ、舌……出せよ」

 ただ触れるだけのままごとのようなキスを何度も繰り返しながら完全に上体を起こして魔女を抱きすくめてしまえば、頭からも理性は追い出され己を止める術は失われてしまう。
 べ。と己が求めたままに出された赤い舌を貪りながら、腕の中でされるがままの魔女をゆっくりとベッドに沈めた。
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