魔女の紅茶
出会ってたった一日の人間が自分ではない誰かの手によって死ぬなんて経験は今までなかったし、誰かのそんな経験談を聞いた事もなかったからどんな感情を持つのが正解か分からない。
触りたくなかった。けれどそれはゼイン様だからではなく血塗れだったからだ。汚れる事を好む人間なんてそうはいないだろう。子供ならまだしも、意識のない成人男性を持ち上げ運ぶのはなかなかに重労働だ。面倒だなぁとそれだけを感じた僕は薄情なのだろうか。
なんて。そんな事が不意に思考を染めようともやるべき事、やらなければいけない事は変わらないし、僕自身だってきっと変われない。魔女様のお願い通り、お家まで運んで、一応ゼイン様が前日に使用した寝室のベッドに彼の身体を転がして、勿論扉も閉じて、思わぬ肉体労働に疲弊していた僕は通常よりも幾分か早く床についた。それがその日の最後の記憶だ。
「っえ、な、」
ガンッ!バンッ!ドタッ!ドタッ!
鼓膜を揺らすそれらに、何なんだうるさいなぁとまぶたを上げれば、ほぼ同時にぎしりと自身を寝そべらせているベッドが軋む。
「いいか、おい。正直に答えろよウスノロ」
「ちょ、え、まっ」
「何で、俺は生きてンだ」
まだ月明かりしか照らしてくれない室内でもぎらりと光る深紅の瞳と惜し気もなく放たれている威圧感が、寝起きで何もかもがままならない僕を容赦なく貫く。
いやあの近いです離れてくださいていうか僕の上から退いてください押し倒されているようなこのアングルは解せません。そう言い返せたらどれほど楽だっただろうか。チキンな僕にそれが実行出来るわけもなく「いや知りませんよそんなの」と唸るのが精一杯だった。
「……魔女は、どこに居ンだよ」
「……自室では?昨日の夕方以降、僕は魔女様に会ってないので分かりません」
ちっ!と一般的なものよりやや大きめな舌打ちが室内に響いて、そこそこ近い距離にいた深紅の瞳と遠退き、垂れ流し状態だった威圧感はいつのまにか消えていた。しかし変わりに、人ひとり分の負荷が太ももにかかる。何故、退かずそこに座ったのか。開けっ放しで閉めてもくれなかった扉からさっさと出て行って欲しいのに、ぎりぎりと並びの良い歯を擦り合わせている彼に退室の意はさらさらなさそうだ。元とはいえ、貴族様のお考えは庶民の出である僕にはさっぱり分からない解せない。
「あら」
「あ?」
「……どんな形であれ、ふたりが仲良くしてくれるのは嬉しいわ」
「するかよンなもん!つうかおい魔女てめぇ今までどこに居やがった……っておい待てコラ人の話は最後まで聞けやくそが!」
本当に、解せない。