魔女の紅茶
寒くなる前に仕立てましょう

 ぎ。
 短く、そして小さく軋んだそれが、始まりの合図だ。

「……我々とて本意ではありません。しかし竜人族には、彼らが王には、獣人族は逆らえないのです」

 鳴り響いた銃声。視界を散った濁った赤は床や壁を汚し、同胞への攻撃を制する為にと牙を剥いた愚かな獣達は、念には念をとあらかじめ垂らしておいた私の髪に絡まり長を残して血塗れの傀儡と化していった。その間に全ての弾を撃ち終えた坊やは、返り血に染まりながらゆっくりと口角を上げる。
 しかしそれはほんの一瞬。文字通り破壊された一匹へと視線を向けたまま、長は静かに現状へと至った起因を語る。曰く、竜人族の王がおよそ三十年ほど前に交わした約束が反古にされていると怒っている、らしい。
 坊やの手から猟銃が滑り落ちるのと、平静をどうにか保てている獣の長をソファーへと私が促したのはほぼ同時だった。

「反古にしたつもりは、ないのだけれど」
「我は、竜王様と魔女様とで交わされた約束など知りません。しかし、己を差し置いてその座に居座る劣等種族(にんげん)(つがい)を殺せと命じられればそれを遂行する他ないのです」
「……」
「逆らえば、集落どころではありません。種の存続すら危ぶまれるのです」

 ぱちりと指を鳴らし、長と自身の隣に座るカーティスと坊やの紅茶を用意して彼らにそれを促せば、長はふるりと首を振りながら憂いを語り、カーティスはぺりりと口を塞いでいるガムテープを剥がし「珈琲」と唸り、坊やは「竜人族が絡むなんて聞いてませんよ魔女様ぁああ!」と膝から崩れ落ち顔を両手で覆い天を仰ぐ。実に騒がしい。そして忙しい。

「きみ達の種がどうなろうと私には関係ない。それに、(つがい)になるなんて約束、していないもの」
「……」
「考えておくと言っただけよ。それ以上も以下もないのに反古だなんて、とんだ言い掛りね」

 こくり、紅茶を一口含んで喉へと流し込みながら三十年前の記憶を掘り起こす。
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