魔女の紅茶

 反古だ何だと絶賛癇癪中の竜人に出会ったのは確か、強い魔力を持つドラゴンだけが住めるという渓谷へ行った時だった。ドラゴンの渓谷はそこに住まうドラゴンとそれらを使役する竜人しか立ち入れない。竜人は古くから独自の魔方陣を描きそれを扱う。それ故、渓谷に施されている結界は人間や魔を扱うのを得意とする他種族らは当然の事、同族の竜人やドラゴンでさえも宿る魔力が足りなければ拒むほどに強力な代物だ。しかしそんなもの、魔女である私にとっては子ドラゴンや子魔獣がじゃれついてきているのと何ら変わりない。ドラゴンの渓谷にしか生息していない珍しい植物を採取する為にいつものようにそこへ赴いた私を食べようとしたのが癇癪坊やのドラゴンで、それの涎に塗れるのを避ける為に頭を切り落とした事が今回の約束云々に繋がる発端になったというわけかと他人事のように思い出す。
 地に落ちたドラゴンの頭部に目を見開いた彼はこう言った。「お前を(つがい)にしたい」と。全くもって意味が分からないそれに取り合うほど当時の私は暇ではなかった。何せ渓谷の植物達はすぐ逃げようとするから「考えておくわ」「返事はいつ貰える?」「百年後」と短く言葉を交わし、早々に関わりを断った事が記憶の片隅にある。
 考えておく、とは、文字通りとある事柄について考える事だ。浅慮か、深慮か。そこは個人のさじ加減がモノを言うのだけれど、どちらにせよ考える事と了承はイコールで結ばれているわけではない。決して。

「まぁ、いいわ。(くだん)の竜人には私から書簡を。それで問題はないでしょう?」
「……内容によられるかと、」
(つがい)にはならない、とだけ書くわ」

 とはいえ、(つがい)の申し入れをはっきりと拒否したわけでもなかった。その点については、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ非を認めない事もない。魔女は、残忍無情だと敬遠されがちだけれど、他を労る気持ちがゼロなわけではない。ただ、他よりもはるかに少ないだけで。だからこれは、自ら書簡を送るという行為は、思わぬ方向から巻き込まれた獣人達に対する私なりの詫びであり、誠意でもある。

「そっ、そんな……魔女様っ、それでは我々獣人族は明日(あす)にでも滅んでしまいます!」

 だというのに。

「どうか魔女様、せめて、せめて、我々にご加護を、」

 どうやら昨今の獣は図々しいらしい。
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