魔女の紅茶
何も乗っていない手のひらがよく見えるように、ゆっくりと、真っ直ぐに、長へと差し出す。長の視線が手のひらに注がれているのを確認してから、指を曲げ、柔く拳を作る。頭の中できっかり三秒。親指、人差し指、と順に開いていけば、ほんのりと青みを帯びた液体が詰められた小瓶が姿を現す。
「……魔女様、これは、一体、」
「竜人族からの攻撃を例外なく弾く呪いよ。集落に井戸くらいはあるのでしょう?そこにこれを入れ皆に飲ませるといいわ」
「嗚呼、魔女様。何とお礼を申し上げれば、」
「お礼なんて結構よ。だってこれは、契約ですもの」
「……っ」
「忘れたとは、言わせないわ。どこぞの国王にも言った事だけれど、私に加護を乞うのならまず膝をつきなさい。そして、誠意を述べ、心臓を差し出すの」
「……」
「けれどまぁ、膝はつかなくていいわ。絨毯を汚したくないもの。誠意も述べなくていいわ。私に全く非がないわけじゃないのは分かってるから」
「……」
「でも、心臓は貰う」
「わ、我の、ですか」
「まさか。要らないわ、きみの心臓なんて」
「……」
「獣人の毛皮。雌の毛皮よ。コート五着分でいいわ。皮を剥いだあとの獣人はきちんと血抜き処理をしてもらえるかしら。ペットのおやつにしたいから」
「っ、そんな」
「無理なら別にいいのよ。きみ達が滅ぼされると決まったわけではないのだし、ね」
「……っ」
「もういいかしら。お茶会はお開きにしましょう」
手のひらに鎮座していたそれを、再び包み込むように指を曲げる。その様子を見ていた長はくしゃりと顔を歪ませた。
「っ魔女、様、」
「何」
「おっしゃる通りに致します。なのでどうか、ご慈悲を」
再び順に指を開いていけば、同様にまた液体の入った小瓶がそこに現れる。「どうぞ」と促せば、長はそろりと立ち上がりそれを手に取った。
現状はともかく、いくら竜人族の王の命令といえど己の行為は無礼でしかなかった、という詫びを口にする長を見やりながら「ああ、そうだわ」と自身も音を紡ぐ。
「質が落ちたものは要らないから、毛皮は生きたまま剥いでもらえるかしら」
お願いね。
そう付け加えれば、ゆらり、存分に水分を含んだ長の眼が揺れ、確固たる殺意の含まれた視線が私を貫く。けれども獣の手の中にある小瓶は、それはもう大事に、大切に、毛だらけのそこに包まれていた。