魔女の紅茶
「知っていると思うけど、魔女は寝ないし、食べないの」
「ああ」
「人間のサイクルは概ね理解しているつもりよ。でもね、忘れてしまう事だって時にはあると思うの。それって人間とっては致命的……とまではいかなくても割りと重大な事でしょう?だから今後は、睡眠も食事も自由にして欲しくて。勿論きみはそうしてくれると思ってるわ。でも、坊やはしてくれないような気がするの」
「……」
「カーティスが坊やをあまり好ましく思っていないのも知ってはいるのよ。けど、きみのタイミングで構わないから睡眠や食事を促してくれたらすごく助かるなぁって考えてたの」
「……あの魔女様狂いが俺の話なんざ聞くかよ」
「きみは、私の恋人か伴侶、なのでしょう?」
「……どっちだよ」
「きみは、どちらをご所望かしら」
「伴侶。いや待て契約済みだろうが。今さら、」
「契約は、きみが望む形によって内容が変わるように結ばれてるの」
「……ンだそりゃ」
「きみが、私の伴侶であるなら、坊やだってきみを私と同等に扱うはずよ」
「……」
「その証拠にきみの事を、ゼイン様と呼ぶでしょう?」
「……分かった」
これっぽっちも納得していない表情を浮かべて、隣の彼は、ひとつ、息を吐く。聡い彼の事だ、おそらく面倒事を押し付けられたと気付いているのだろう。それでも吐いた唾は呑めぬのだ。
口先だけだろうと何だろうとかまわない。了承を得た事に礼を告げ、冷めてしまったであろう紅茶へと手を伸ばした。
「なぁ」
瞬間、真横から伸びてきた無骨な手に阻まれ、私の手がカップに触れる事は叶わない。
「何」
ため息を吐く。勿論、わざとだ。
飲むための適温を過ぎたであろう紅茶を諦めて視線を隣へと向ければ、その先で柘榴色の瞳がゆらりと揺れた。