魔女の紅茶

 見知らぬ生き物への警戒は当然だ。人間の街の中でならともかく、森、山、川、谷、洞窟などで出会した野生動物を決して侮ってはいけない。
 とはいえ、多勢に一匹。警戒を怠らない竜人をよそに、奴が踏み潰した果物と薬草のところで立ち止まり尻尾を振りながら鼻をスンスンと動かして匂いを嗅いでいる様子を見る限り、魔獣ではなさそうな犬っぽいそいつが竜人達をどうにかするとも思えない。おおかた、潰された果物の匂いにつられてふらふらとやって来た野良犬か何かなのだろう。強さが全てと言っても過言ではない竜人族は好戦的な種族だ。嗅ぐのを止め、尻尾を垂らして「クル」と悲しげに鳴いたとて、この場において不要、または邪魔だと判断されれば容赦なく殺されるだろう。その証拠に竜人は短剣を抜き、にたりと下品な笑みを浮かべている。
 まぁ、仕方がないと言えば仕方がない。自然の摂理だ。それよりも、己の左足首と血がまともに巡れていないだろう脳みそが心配だ。ちらりと右側へ視線を向ければ、未だ白目を剥いたままのぽやぽや野郎。こいつの入団を許した騎士団のお偉いさんらは本当に国を護る気があるのか甚だ疑問だ。

「こいつは、お前達のペットか何かか?劣等種族(にんげん)

 ははっ!とあからさまに吐き出されたそれに意識と視線を戻せば、ちょこりとおすわりしている犬っぽいそいつの鼻先に短剣を突きつけている竜人の姿。ああやはりと思うも現状出来る事は何もない。けれど、俺らのペットだと勘違いされて巻き添えで殺されるのも何だか後味が悪い。
 一応、否定しておくか。まぁ無駄だろうけどなと口を開いた。

「っは、な、ばっ」

 瞬間、黒い霧状のそれが視界を占領して、吐き出そうとしていた「違う」の一言は喉の奥へと舞い戻る。と同時に、真下から聞こえた細切れの音を皮切りにおよそ二十人分の竜人の悲鳴が己の鼓膜を揺らした。
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