魔女の紅茶
一秒にも満たない時間の中での出来事だった。それでも確かに俺は見た。ぱかりと開かれた犬っぽいそいつの口から飛び出し、一瞬で竜人達を飲み込んだ黒い霧状の何かを。当たり前だと言わんばかりに口内にそれが戻った後には木の枝に座っていた竜人と犬の皮を被ったそいつだけが視界の中にいた。
本日二度目の、あっという間。いや「あっ」などと言う暇なんざなかった。ひゅっと喉が鳴って、途端に、理解する。木の枝の竜人が無事なのは、おそらくだがそこに届かなかったからだろう。だとすれば次は。
「っおい!ウスノロ!起きろ!おいっ!」
右を向き、あらんかぎりに声を張る。しかし悲しかな、ウスノロの黒目は戻って来ない。誰だよこいつに護身用ナイフ渡したのは。俺か。くそが。
「おい!ウスノロ!ぽやぽや!っくそ!おいっ!クリス!起き……っ!」
「クルッ」
真下から聞こえた何とも愛らしい鳴き声。同一方向から左頬へ目掛け送られてくる鋭利な視線。駄目だ、見るな。本能はそう告げるけれど、誘われるままに目玉は動く。
「……なぁ、そこの、犬……っぽいの……ちょっと、落ち着けよ。な?」
見上げてくる、円らな瞳。きゅるんとしたそれは真っ直ぐにこちらを見ていた。
「……俺より、隣の奴のが旨いぞ。多分」
人間の言葉が通じるとは思っていない。けれど、言わずにはいられなかった。誰だって己が可愛い。しかしそんな人間の心情を、犬の皮を被ったそいつが推し量れるはずもない。
「っだから!くそっ!おいっ!いい加減起きろ!いつまで白目剥いてンだウスノロ!」
ぱかり、再び口が開かれた。