魔女の紅茶
思わず、視界を閉ざした。
死なないわと、魔女が言ったそれを当然俺は理解している。だからこそ、思う。おそらく魔獣だろうが詳細はよく分からない犬の皮を被った生き物に食べられた場合、俺の身体はどうなってしまうのだろうか、と。
バキバキバリバリと骨ごと噛み砕かれてしまうのだろか。それとも、胃液に浸されドロドロに熔けてしまうのだろうか。どちらにせよ、いやいっそ殺せや!と叫びたくなるような惨状が待ち構えているに違いない。死にたいと願わない限り、己は死ねないのだから。
うわ、想像しただけで吐きそうだやべぇ。
「……え」
しかし仕方ない。この世は弱肉強食だ。などと思って決めれやしない覚悟を決めたつもりでいたけれど、いつまで経っても噛み砕かれたような衝撃もなければ丸飲みにされて食道的な場所を流されているかのような浮遊感もない。
何だ?何が起こってンだ?
そろりとまぶたを開けば、反転していない視界に、ちょこりと座る犬っぽいそいつが映った。尻尾が左右にぶんぶんと凄い勢いで振られている。
「……犬……お前、まさか」
「クル?」
「助けて、くれ……たの、か……?」
「クルゥ」
尻尾の勢いが増して、もはや残像しか捉えられない。見た目に似つかわしくない鳴き声を発するそいつに恐る恐る手のひらを見せるように伸ばせば、すり、と頬を擦り付けてくる。かわっ……いくねぇわ!っぶねぇ!こいつ竜人共を一口で喰うような魔獣だったわ騙されるとこだったやっべ。
「……ありがとな?」
「クルッ」
人間の言葉が分かるのか、はたまた、ニュアンスで何となく受け答えしているのか。左足首が拘束から解放されてるのを確認し、礼を告げるとクルクル鳴くそいつは円らな瞳に丸みを孕ませた。
褒められた!嬉しい!まるでそう言わんばかりのその表情に、ぽわりと胸の辺りが暖かくなる。中身は少し狂暴だが、外見はこのうえなく愛らしい。なるほど、罠か。
「な、なぁ、ありがとついでで悪ぃけど、あいつも回収出来るか?一応、その、知り合い……?だからよ」
空いているもう片方の手の人差し指で、右斜め上を差しながらお伺いを立てれば「クルゥ」と鳴いた外見だけ愛らしいそいつは本日三度目の開口を遂行した。