魔女の紅茶
好きで食べたわけじゃない。食べなくて済むなら僕だって食べやしない。でも、ダメなんだ。嫌でも食べなくちゃ、大切な人達を傷付けてしまうから。
だから、だから!僕は!
「クリス」
鼓膜をするりと抜けたその声に、はっとする。ぞわり。頭部、口内、背中、臀部を這いずる懐かしい違和感。角、牙、翼、尾。普段は皮膚の下に隠れているそれらが、人間の見てくれをした薄っぺらいそこを突き破ろうとしているのだろう。
嗚呼、このままでは。そう思うのとほぼ同時に、ひたりと冷たい何かが右頬に触れた。
「私の可愛い坊や」
青白磁の瞳が、その視線が、まるで僕の中を覗き込むかのように射抜く。瞬間、ひゅるりと身体の力が抜けて、ぞわぞわしていた違和感が消えた。
は、と短く息を吐く。触れられていない方の、おそらくゼイン様に叩かれ(もしくは殴られ)たであろう頬を伝い、顎の先端から落ちていったそれが何なのかは分からないし、知りたくもない。呼吸を整え「魔女様」と音を吐けば、ゆるりと魔女様の唇が弧を描いた。
「有耶無耶にしていた私にも非があるとはいえ、きみは、弁えるという事を覚えた方がいいと思うわよ。ミューロウ」
「……名前、知っていたのか」
「知らないとでも?」
「……お前は、俺に興味などないだろう」
魔女様は否定をせず、首だけを動かして視線を竜人の方へと向ける。
「番の件も、書簡でたったの一言。先刻交わした言葉とて、二言だけだ。納得なぞ出来るわけないだろう」
「そんなに魔女という肩書きが必要?きみは王になったのでしょう?己の実力で。ならばもう、」
「っ俺は!お前が魔女だから欲しいと言ったわけじゃない!」
「……」
「お前が魔女だと知ったのはあの日より幾日か経ってからだ」
「……」
「王になったのも……なろうと思ったのも、お前の隣に立つに相応しく在りたかったからだ」
「……」
「……地位など、興味ない。ただ、お前がいれば、共に生きてくれれば、俺は、」
半分しか見えない魔女様のお顔は安定の無表情だ。けれども今は、それに輪をかけて酷く冷たい。そして、醜いくらいに美しい。